画業二十年
本文約2,800字 ・ 読了時間 約6分
あらすじ(AIが作成しました)
絵を描くことを愛する著者が、墨絵の魅力と科学的な視点からその秘密に迫る試みを綴る。画材へのこだわりや友人との交流、油絵から墨絵へと移り変わった自身の画歴を振り返りつつ、物理的・化学的なアプローチを用いて古今の名墨の性質や粒子構造を考察する。また、随筆の挿絵としての役割や周囲の人々との絵にまつわる日常的な出来事を通して、制作に対する情熱と墨という素材への深い洞察を穏やかな筆致で展開する随筆である。
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私は悪友のK画伯、但し画伯は自称、から一度だけ褒められたことがある。「あなたはどんなに忙しくても、絵を描こうというと、感心に断ったことはないね」というのである。
事実、世の中に、何が面白いといっても、良い座敷で、御馳走を喰べて、それから絵を描くくらい、面白いことはない。とくに、上等の酒が少しはいると、何だかむずむずして来る。世の中には、酒だけ飲んで、絵を描かない人もあるが、どういうつもりなんだろうかと、ひとごとながら気になる。
もっとも、こういうことをいっても、私を知っている人は、あまり本当にしてくれない。厄介なことには、絵の話を切り出してくれる人がまず無いので、話にならないのである。それで随筆集には、せいぜい自作の絵を入れて、宣伝これ努めているつもりであるが、それでも反応は微弱である。誰も落款を見てくれないらしい。或いはどうせ誰か有名な画家に描いてもらったのだろうと、見逃してしまうのかもしれない。
大勢は思わしくないが、それでも一人や二人は知己がある。前の自称画伯K君もその一人であるが、もう一人小宮(豊隆)さんがある。水原秋桜子氏の『安井曾太郎』の中に、次ぎのような一節があり、私は大いに知己の恩を感じている。
「先生も絵をお描きになりますか」
「いいえ描きませんよ」
「でも北海道帝大の中谷さんの随筆にそんなことが書いてあったと思いますが」
「中谷君は実に熱心でね、旅行中も矢立と画帖を離さずに持っています。私は主として中谷君の画に俳句の賛をする役割に廻っていますが、時々はすすめられて、花などを写生します」