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TORENDIA

風土と伝統

本文約4,800字 ・ 読了時間 約10分

あらすじ(AIが作成しました)

日本の伝統が現代の生活に深く根ざしていることを、日本料理と食生活を例に論じる。醤油が日本料理の本質を構成している実例や、米作が日本の風土と密接に関係している事実を提示し、個々の伝統がその国の自然条件や風土に深く裏打ちされていることを解く。生活を離れた思想は存在しないと説き、進歩を取り入れつつも、風土と調和した伝統こそが国家の発展の基盤となるべきであると主張する。

中谷宇吉郎

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🎧 風土と伝統 / 朗読音声: VOICEVOX:九州そら

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一

この頃、伝統という言葉がちょいちょい使われるようになった。一時の極端な左傾から、今度は右の方へ揺れが戻って来て、日本の国の古来の伝統を尊重しなければならないというようなことが、よくいわれる。

そういう単純な復古主義ではないが、私は、一つの民族が持っている伝統というものは、案外根強いものでこれは急には無くならないものと思っている。伝統を破らなければならないなどとよくいわれるが、思想的の場合、即ち無形のものの場合にのみそういうふうに簡単にものがいえるのである。実際の生活に直接結びついていることでは、昔からの伝統というものは、なかなか破れないものである。その理由は一寸気のつかないところに、生活と強く結びついた実在のものがあるからである。

こういうことを言っても、抽象的な話であって、何のことかよくわからないであろう。それで一つ食生活のことを例にとって、日本料理という一つの伝統について考えてみよう。もちろん、この文章では日本料理の栄養価値などという問題には全然ふれない。御馳走という観点から、日本料理のことを考えてみる。御馳走という観念はどんな未開人でも持っているもので、それが人間の生活に強く結びついた観念であることには、誰も異論がないであろう。この「御馳走」の内容について少し考えてみると、それが如何に伝統に強く支配されているかがすぐわかるのである。

二

例えば、日本では鰻といえば、まず第一等の御馳走である。ところが欧米の諸国では、鰻が最下等の食物とされている。鰻以下のものといえば章魚くらいのもので、これは悪魔の魚といって、犬も食わないものになっている。この点既に日本とは大分変っているが、それよりも鰻の方がもっとわかりよい。鰻は人間も食べるが、しかし最下級の貧乏人の食うものになっている。

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