TRENDIA CLASSIC

風土と伝統

中谷宇吉郎

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この頃、伝統という言葉がちょいちょい使われるようになった。一時の極端な左傾から、今度は右の方へ揺れが戻って来て、日本の国の古来の伝統を尊重しなければならないというようなことが、よくいわれる。

そういう単純な復古主義ではないが、私は、一つの民族が持っている伝統というものは、案外根強いものでこれは急には無くならないものと思っている。伝統を破らなければならないなどとよくいわれるが、思想的の場合、即ち無形のものの場合にのみそういうふうに簡単にものがいえるのである。実際の生活に直接結びついていることでは、昔からの伝統というものは、なかなか破れないものである。その理由は一寸気のつかないところに、生活と強く結びついた実在のものがあるからである。

こういうことを言っても、抽象的な話であって、何のことかよくわからないであろう。それで一つ食生活のことを例にとって、日本料理という一つの伝統について考えてみよう。もちろん、この文章では日本料理の栄養価値などという問題には全然ふれない。御馳走という観点から、日本料理のことを考えてみる。御馳走という観念はどんな未開人でも持っているもので、それが人間の生活に強く結びついた観念であることには、誰も異論がないであろう。この「御馳走」の内容について少し考えてみると、それが如何に伝統に強く支配されているかがすぐわかるのである。

例えば、日本では鰻といえば、まず第一等の御馳走である。ところが欧米の諸国では、鰻が最下等の食物とされている。鰻以下のものといえば章魚くらいのもので、これは悪魔の魚といって、犬も食わないものになっている。この点既に日本とは大分変っているが、それよりも鰻の方がもっとわかりよい。鰻は人間も食べるが、しかし最下級の貧乏人の食うものになっている。

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