TRENDIA CLASSIC

雪今昔物語

中谷宇吉郎

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もう十年前のことであるが、昭和十一年の秋に、北海道に大演習があり、天皇陛下が北海道に行幸されたことがあった。

その時に一日北大へ行幸の日があった。そして私は低温室の中で、雪の結晶の人工製作を天覧に供するという光栄の機会を得た。それが表題の『雪今昔物語』の機縁の起りである。

それから十年後の今年、昭和二十一年の暮に、私は東宮殿下への『雪』の御進講に上京し、引き続いて天皇皇后両陛下、さらに義宮様及び内親王様たちに、同じく『雪』の御進講を申し上げる有難い機会に恵まれた。

十年の年月は、不断の時代ならば、ただの一昔の話としてすませることである。しかしこの十年間は、千年にも比すべき十年であった。今回の御進講に際して、私は宮中にスチームが全然通っていないので、控の間では外套を着ていたということを、新聞社の人に話した。その話が北海道の新聞に出たのであるが、最近道内の某市の駅長さんに会ったら「その記事を読んで私は思わず涙をこぼしました」という話をきかされた。その駅長さんの話が機縁になって、この小文を書いてみる気になった。

十年前に、零下二十五度の低温実験室の中へ陛下の行幸を仰いだ頃は、陛下はお若々しく非常にお元気に拝せられた。当時の日記を開いてみると「お肥りにて御色よく光輝く許り也、万歳也」という一句が挿入されている。昭和十一年の秋といえば、「満州建国」から四年目、二・二六事件のあった年の秋のことである。一年後の蘆溝橋事件の勃発を目前にして、軍国日本がその極盛期にあった時代のこととて、御警護なども並大抵のことではなく、すべてが物々しい雰囲気につつまれていた。

低温室の中で人工雪の結晶を天覧に供するということが、いよいよ本極りになったのは、九月十日のことであった。しかしこの任務は、当時の国内情勢の下では、並大抵のことではなかった。

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