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TORENDIA

ジストマ退治の話

本文約11,000字 ・ 読了時間 約22分

あらすじ(AIが作成しました)

昭和十一年の北海道で人工雪の実験に没頭する物理学者の著者は、原因不明の重い胃の病に倒れる。長期間の療養でも回復せず衰弱する中、友人の手紙をきっかけに肝臓ジストマの疑いが浮上する。専門医の診察を経て診断が確定し、薬による治療を受けて完治に至るまでの経緯を綴る。科学的な視点から自身の闘病と回復の過程を振り返り、真摯に病と向き合う医学の姿と、観察と調査の重要性を論じる随筆。

中谷宇吉郎

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今まであまり思い出のようなものは書かなかったが、私も今年で一人前の年齢に達したので、これからはあまり遠慮しないで、一つそういう話も書いてみることにする。

もう十年以上も昔の話であるが、私は妙な難病にかかって、死に損ねたことがある。それが科学の力でけろりと治って、今では少しにくらしいといわれるくらい丈夫になっている。

科学の力は、科学に縁のない人の方が、余計に信用しているようである。科学を商売にしていると、どうも楽屋裏の方がよく見えて、あまり信用する気にはならなかった。物理学などが、科学の方では一番いい方であるが、それも今度の原子爆弾が本当に出来るまでは、少々多寡をくくっていた。しかし原子爆弾には心底からおどろいたので、今では物理学を大いに尊敬している。

医学の方も、この頃は、ペニシリンだの、ストレプトマイシンだのというものが出来たので、大分信用を高めて来た。しかし十年前までは、西洋医学の方は、少し難病の患者には、あまり信用がなかったようである。その証拠には、心霊療法のようなものが、東京の真ん中で、立派に大邸宅をかまえて繁昌していた。医者がどんどん病気を治してくれれば、そんなものが跋扈するはずがない。

「人間の身体のように複雑をきわめたものは、浅はかな学問の力などでは、どうにもなりません。医者はただ自然治療をそっと見守ってるだけですよ」などというと、さすが名医だというようなことになる。それほどでなくても、とにかく少し大乗的な話を入れないと、世間はなかなか名医の仲間には入れてくれない。

そういう工合で、一般には、物理学や化学の方が信用が厚くて、近代医学の方は、少なくもごく近年までは、あまり評判が良くなかった。しかし私は反対に、近代医学の方を、原子爆弾より十年くらいも前から信用して来た。原因は簡単で、自分の病気が医学のおかげで治ったからである。

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