「寺田寅彦の追想」後書
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あらすじ(AIが作成しました)
寺田寅彦の再認識が求められるという現状認識のもと、科学と文学を融合させた学者の全貌を伝えるべく、断片的に綴られた人柄や活動に関する回想記を纏める。本書は『物理学序説』の解説や、各地で発表された追想文を再録し、一部加筆や整理を行ったもの。また、津田青楓による四十二歳当時の寅彦像や素描を口絵として収め、物理学者としての膨大な論文と、その人間味あふれる側面を対照させながら、著者の追想と思索を綴る。
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巻頭の一文でちょっと触れたように、我が国の現状は、寺田寅彦の再認識を必要とする時期に到達しているように思われる。
尾崎行雄氏が、われわれは自由を獲た。しかしそれは最も悲しむべき状態に於てそれを獲たというような意味のことを言われた。それと同じ意味で、私たちの祖国は、今寺田物理学を再認識しなければならない悲しむべき境遇にある、と少なくもこの頃私はそう思うようになった。
それで何かそういう口火になるようなものを書きたいと思ったのであるが、正式にそれをするには、まず英文三千頁に余る先生の論文集をよく読んで、それを祖述する必要がある。しかし先生の論文は、実験物理学の各部門、地球物理学、気象学、海洋学とあらゆる分野に亘っていて、しかも英文の論文が計二百十一篇、邦文のものが計五十八篇という量である。現在の私の職務の傍らの仕事としては、その全部を詳しく解説することは不可能である。
それでは一通り上面だけを読んで、とりあえずの説明をすることも考えられるが、それは私にはどうも気が進まない。先生の論文は、全集刊行以来既に八年を過ぎているが、我が国の学界では、その反響がほとんどないと言ってよい。しかし例えば本書に入れた『墨流しの物理的研究』の如きも、適当な解説さえすれば、その価値は誰にも分かるのであって、現にこの一文は、北京図書館の機関雑誌『館刊』に漢訳されて載っている。それで先生の全論文を、私は余り便宜主義で取り扱いたくはないので、出来ればちゃんとした形で解説をしたいと思っている。