寺田寅彦先生は晩年理化学研究所で、墨流しの研究に着手された。その研究の進行につれて、東洋に於て古代から使われている墨は、膠質学(1)上より見ても、非常に複雑で興味深い問題であることが分かり、この研究は「墨汁の膠質的研究」となって、先生の逝去の直前まで数年間続けられていた。その結果の前半は、既に理研欧文報告第二十三巻及び二十七巻にそれぞれ、
Experimental studies on Colloid nature of Chinese black ink. Part and .
として発表され、またその続きは帝国学士院記事第十一巻に、
Cataphoresis of Chinese ink in water containing deuterium oxide.
として発表されている。学士院の方は重水(2)で墨を磨った時の性質を調べられたものである。その後の研究は、講演会で発表されただけで、材料は揃っているが、論文としてまとめられてはいない。この小論では、以上三つの既刊の論文の中から、墨流しに関係する部分を紹介することにする。
墨は周知の如く、支那から輸入されたもので、我が国に入ったのは、日本書紀によると、推古天皇の時代である。その後我が国に於ても墨が製造され始め、延喜式に既にその製法が出ているくらいである。製法の詳しい記述等は『古梅園墨談』などに譲り、以下この物理的研究に必要な点だけを述べる。この研究に使用された墨は、市販の紅花墨で、この種の油煙墨は、桐油か菜種油を燃した煤を、膠の濃厚溶液でねって型に入れて、初めは灰の中で乾かし、後空中に放置して十分乾燥させたものである。墨を硯で磨って得た墨汁は膠質液となり、そのまま放置しても墨の粒子はなかなか沈澱しない。但し水の中に電解質(3)が溶け込んでいる場合とか、膠が腐敗している場合には、墨の粒子は沈んで所謂上澄みの水が出来る。