TRENDIA CLASSIC

忠五郎のはなし

小泉八雲

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昔、江戸小石川に鈴木と云う旗本があって、屋敷は江戸川の岸、中の橋に近い所にあった。この鈴木の家来に忠五郎と云う足軽がいた。容貌の立派な、大層愛想のいい、怜悧な若者で、同僚の受けも甚だよかった。

忠五郎は鈴木に仕えてから数年になるが、何等非難の打ち所のない程身持もよかった。しかし遂に外の足軽は、忠五郎が毎夜、庭から抜け出して明方少し前までいつもうちにいない事を発見した。初めは、この妙な挙動に対して誰も何にも云わなかった。その外出のために日常の務めに故障を来す事がなかったのと、またそれは何かの恋愛事件であるらしかったからであった。しかし暫らくして、彼は蒼白く衰えて来たので、同僚は何か重大な間違でも起らぬように、干渉する事にした。そこである晩忠五郎が丁度家を抜け出そうとする時、一人の年取った侍が彼をわきへ呼んで云った、

『忠五郎殿、御身が毎晩、出かけて、明方までうちに居られない事は、我々皆知っている。それから見たところ顔色もよくない。どうも御身は悪友と交って健康を害しているのではないか。その行に相当の弁解ができないとこの事を役頭まで届けて出なければならない。何れにしても我々は御身の同僚でまた友人であるから、御身がこの家の掟に反して夜分外出なさる理由を承るのが正当じゃ』

そう云われて忠五郎は大層当惑し、また驚愕したらしかった。暫くは黙っていたが、やがて、彼は庭に出た、同僚もそのあとに続いて出た。二人が外の人に聞かれない所まで来たとき忠五郎は止って云った。

『もう一切申します、しかしどうか内密にしておいて下さい。もし私の云う事を洩されると、一大不幸が私の身にふりかかります。

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