前から私は、妙な夢を一つもっている。それは『人類の歴史』という映画を作ってみたいというのである。甚だ唐突な話で、そんなことをいっても、何のことか全然見当がつかないかもしれないが、本人はかなりまじめなつもりなのである。
『人類の歴史』などというと、昔帝劇で十円の入場料をとって見せた『イントレランス』を連想されるかたがあるかもしれない。旧い話で、活動写真館といえば、二十銭くらいの入場料が相場だった頃のことで、この十円は大いに世人の度胆を抜いたものである。
内容はすっかり忘れたが、なんでも古代、中世、現代と、三つの話の三部作になっていた。そして寛容の心のないことが、人類の悲劇の源であり、それは文明が進歩しても変らないというようなことを、テーマにしたものであった。今から考えてみれば、他愛のないものであるが、古代のところで、何千人という武装兵士が出てくるというのが、呼びものになっていた。たしかトロイの陥落だったかと思うが、当時としては初めての大スペクタクル映画で、大いに評判になったものである。それに、文明が進歩しても、人間は変らないというようなさわりが、当時の文学青年たちにはちょうど手頃であったらしい。それで大いに人気が出た訳である。
その後ストリンドベリイの『歴史の縮図』を読んだ時に、これを映画にしたら、さぞ美しい夢幻的な映画が出来るだろうと、空想してみたことがある。とくに古代のエジプトやギリシャのところに、ひどく幻想的な場面が沢山あった。ああいうのをうまく映画化することができ、それを現代まで調子を落さずにもってくることができれば、立派な『人類の歴史』の映画が出来上がるであろう。
しかし私が今ここで言いだした『人類の歴史』は、こういう種類の芸術的な映画ではない。ひどく殺風景なもので、初めから終りまで、世界地図が画面に出てくるだけのものである。すなわち線画だけで出来る映画で、金も仕掛けもそうかからない。もっとも着色にする必要はあるので、その点現在の日本では、まだ少し無理かもしれない。