一 はしがき
昨年の暮に、ちょっと用事があって、ワシントンへ出かけた機会に、久しぶりでケリイ博士を訪ねてみた。
ケリイ博士といえば、日本の科学界には、かなり親しい名前であって、総司令部があった頃、経済科学局で、永らく科学技術部門の主任をしていた人である。
この頃、総司令部が占領中に日本へ押しつけた、いろいろな施策に対して、かなり反動的な批判が強いようである。しかし自然科学に関する限りは、総司令部の援助が、日本の学界の更生に、大いに役立ったと思われる。一つの理由は、人選がよかったからで、この関係方面の人たちは、概して人柄がよかった。そして親身になって、日本のためのことを考えてくれた。
ケリイ博士は、一言で評すれば、清教徒の面影のある人である。ケリイ博士に限らず、当時あの部局にいた人たちは、皆それぞれに風格があった。現在台湾でたしかマラリアの予防に関する仕事をしているプレッジ博士などは、その尤なるものであった。いつか北海道の汽車の中で、ひょっくり出会ったことがある。占領中も、米軍の専用車に乗らず、普通の汽車に乗り込んできたのである。
丁度よい話相手にされて、八時間もおつき合いをさせられた。種もつきた頃、妙なことを頼まれた。それは日本の竹馬の絵を探してくれというのである。高等学校時代に、人生問題に凝って、大学を卒業したら、人生で一番真面目な職業につこうと決心したことがあったそうである。そして現代のアメリカでは、サーカスの道化役者が、一番真面目な職業であると思い込んだ。道化役者になる一つの修練としては、高い竹馬に乗る必要があるそうで、高等学校時代に大いに竹馬に乗る勉強をしたという。それで竹馬には執着があるのである。話が面白すぎるので、いい加減に相槌を打っていたら、ポケットから、その時代の竹馬に乗った写真を出されたのには、いささか驚いた。