本文へ移動
TORENDIA

御馳走の話

本文約2,700字 ・ 読了時間 約6分

あらすじ(AIが作成しました)

昆布巻や数の子といった昔ながらの正月の料理や、アメリカの感謝祭で供される七面鳥の伝統的な慣習を題材に、食の変遷と御馳走の定義を考察する。かつては保存食であっても手間をかけたものが御馳走とされていたが、現代の都市生活では生鮮食品の鮮度や人手の多さがその価値を決めるようになったと論じる。併せて、大量生産が普及した食文化の現状と、その背景にある社会的な豊かさや利便性について、筆者の経験を交えて綴る随筆である。

中谷宇吉郎

速度
🎧 御馳走の話 / 朗読音声: VOICEVOX:九州そら

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 4

一 正月の御馳走

正月の御馳走というと、いつでも思い出す話がある。それは小林勇君が、露伴先生から聞いた話である。

大分前のことであるが、或る正月に、小林君が露伴先生のお宅を訪れたときの話である。多分昆布巻、数の子、田作という、昔ながらの品々が、膳の上に並んでいたのであろう。それをつまみながら、例によって無遠慮な男のことであるから、「正月の御馳走といえば、どうしてこう不味いものばかりなんでしょうね」と聞いたというのである。そしたら先生が「そうじゃないよ。これが昔は御馳走だったんだよ」といわれたそうである。

この話を聞いて、すぐ頭に浮んだのは、私たちが子供時代に食べていた食い物のことである。北陸の片田舎のことであるから、ふだんは、ずいぶん貧しいものを食っていた。それで、黒い昆布巻、黄色い数の子、紅を塗ったはんぺん、輪切りにした蜜柑などが、重箱の中にいっぱい並んでいるのは、いかにも綺麗であった。母がその重箱を持ってきて、皆の前で蓋を取ったとたんに「ああ、綺麗だな」と子供心に思ったことを、今頃になって思い出した。

正月の料理はあれでなかなかよくできているので、昆布には沃素と加里があり、田作にはカルシウムと燐がある。蜜柑はビタミンCの補給源で、はんぺんは魚肉蛋白質の最良の保存食品である、などとこの頃よくいわれる。

一方、社会学や民俗学風な説明では、日本の田舎における「嫁」の立場が論ぜられる。せめてお正月くらいは、少し身体を楽にさせるために、ああいう保存食品の形式が生まれ出たので、非常に賢明な風習であるという流儀の議論がそれである。

いずれも真相をそれぞれにとらえた論であるが、露伴先生のさりげない一言「あれが昔は御馳走だったんだよ」というのも、何となく心に沁みる言葉である。もっともこれは、一昔前の日本、とくに田舎での庶民の生活を味わった者でないと、そう深い感じは受けないかもしれない。

中谷宇吉郎の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本