この頃の一番大きい話題は、原子力である。原子爆弾の出現以来、世界中の人間が、原子力の恐怖病にかかった傾向があった。ところが一方最近になって、原子力の平和利用が賑やかに唱えられて来て、原子力時代というような言葉が、盛んに使われるようになった。
確かに、人類は、今新しい勢力の世界にはいりつつある。今日の文明は、一昔前、たとえば徳川時代などに較べると、まるで様相がちがっている。その一番大きい要素は電気が使えるようになったからである。
電燈や電車はもちろんのこと、ラジオやテレビなど、昔の人の言葉でいえば、千里眼や順風耳が、現実に現われて来た。それ等は全部、電気のはたらきを利用したものであって、電気が無かったら、人間の生活も、ものの考え方も、今日の姿とは、大分違ったものになったであろう。
電気という新しい勢力が発見され、それを人間が自由に駆使出来るようになっただけで、これだけのちがいが出て来たのである。それで新しい原子力という勢力が出て来て、それを人間が自由に使えるようになれば、次の新しい時代が招来されることも、当然と言えよう。
それで原子力が、今のところブームになっていて、毎日の新聞やラジオで、原子力という言葉に接しない日は、一日もないといって、決して過言ではない。ところが可笑しなことには、それほど皆の口の端に上る原子力について、その本体を、たいていの人はほとんど知らないでいる。原子力は物質が勢力に変化したものだとよくいわれるが、それがどういう意味であるかと聞くと、答えられない人が、大多数である。
この「原子力は、物質が勢力に変化したものである」という言葉には、間違いがなく、そのとおりである。しかし物質はものであって、或る実質のあるものである。ところが勢力は、力のようなもので、これはものではない。物と物でないものとが、本当は同じものであって、一方が他に移り変われるというのであるから、理解されにくいのが、当然である。