寢たらぬ日記
本文約1,400字 ・ 読了時間 約3分
あらすじ(AIが作成しました)
雨に濡れた櫻草や、硝子越しに雨を仰ぐ患者たちの姿が見える肺病院での日々を綴る。病室で蝿を追う生活や、煙草を吸う僅かな隙間を求めて廊下を忍び歩く様子、あるいは花にすがり痩せていく患者の姿など、病床における日常の断片を記す。執筆に追われる日々の中で、外界からの手紙や面会を待ちわびつつ、高みに立って病んだ妻の着物を見つめるなど、病気という閉ざされた空間での心情や情景を描き出す。
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櫻草が雨に濡れたまま圓陣を造つてゐる。――
昨日は日光室で煙草を一本吸ふと、馳け足で引き返し、リゾオルの中へ手を突つ込んだ。
此處の病室には愛と日光とが行き渡つてゐる。角のあるものは、ドアーと三角形のレントゲン室と、病人だけだ。
昨夜はベランダで寢た。眼を開く度に、月が鼻のさきにぶら下つてゐて邪魔になつた。
朝起きたとき、
「ほう、朝だ。」と思つたら、痔になつてゐるのに氣がついた。しかも、海は山と山との間から、嚴格な朝の挨拶をし始めた。
――今日は雨だ。バルコオンが濡れてゐる。梯子は骨のやうに立つてゐて不吉である。
花束が見知らぬ患者から贈られた。これも濡れてゐるので觸つてみた。
日光室の患者は、硝子の中で聖書を持つたまま、雨を仰いでゐた。
――汝もし百疋の羊を得たらんに、その一疋を失はば、九十九疋を置きて迷へる一つを山に尋ぬべし。(馬太傳某章)
此處の山には蠅が多い。病人は一日、天井にとまつてゐる蠅の數を算へてゐた。
僕は病人の便器の中へ古新聞を押し込んだ。ふと見ると、
「自己を見詰めよ、」と書いてある。僕は便器の中を見詰めてゐた。
「眞に生きよ、眞に。」――馬鹿な話は、もう止さうではないか。子供がまた一人増すだけだ。
少し暇が出來ると、病室の蠅叩きと蠅追ひだ。
「さて、もうこれでゐなくなつた、」と思つてゐると、自分の身體に一番眞黒くたかつてゐた。
今日は何日か、さつぱり分らない。
ここへ來てからは腹が空いて仕方がない。殆ど朝の五時から夜の十一時まで立ちづめである。動きづめである、啖の取りづめである。
煙草を一本吸ふ暇を見つけるためには、小説の題を考へる程の才智が必要になつて來た。
此處は肺病院であるが故に、煙りと云ふ奴は敵である。少くとも、煙りは人間の道徳に從つて決して動いたためしがない。
夜の九時が來ると、ここは一齊に燈が消える。すると、われわれは平凡に寢なければならない。そこで、私だけは、その日の二本目の煙草を吸ふために、足音を忍ばせ、燈の消えた廊下を傳つて軒へ出る。
――何處へ、と問ふものあれば、
――待人あり。
人間はかう云ふ氣品のあることを云ひたいのだ。