TRENDIA CLASSIC

小さき影

有島武郎

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誰にあてるともなくこの私信を書き連らねて見る。

信州の山の上にあるK驛に暑さを避けに來てゐる人は澤山あつた。彼等は思ひ/\に豐な生活の餘裕を樂んでゐるやうに見えた。さはやかな北海道の夏を思はせるやうなそこの高原は、實際都會の苦熱に倦み疲れた人々を甦らせる力を十分に持つてゐた。私の三人の子供達――行夫、敏夫、登三――も生れ代つたやうな活溌な血色のいゝ子達になつてゐた。彼等は起きぬけに冷水浴をすまして朝飯を食ふと、三人顏を寄せて事々しく何か相談しながら家を出て行くのだ。暫らくして私がベランダの手欄から眼の下に四五町程離れて見える運動場を見下すと、そこに三人はパンの子のやうに自然の中にまぎれ込んで、何かゝにか人手も借らずに工夫した遊戲に夢中になつてゐる。三人が一塊になつて砂ほじりでもしてゐるかと思ふと、テニス・コートをてん/″\ばら/\に駈けつて、腹を抱へて笑ひ合ふ姿も見える。その濁りけのない高い笑聲が乾燥した空氣を傳つて手に取るやうに私まで屆く。母のない子のさういふはしやいだ樣子を見てゐると、それは人を喜ばせるよりも悲しくさせる。彼等の一擧一動を慈愛をこめてまじろぎもせず見守る眼を運命の眼の外に彼等は持たないからだ。而して運命の眼は、何時出來心で殘忍な眼に變らないかを誰が知り得よう。

晝飯が終ると三人は又手に/\得物を持つて出かけて行く。夕餉の膳に對して彼等の口は際限もなく動く。而して夜が彼等を丸太のやうに次ぎの朝まで深い眠りに誘ひ込む。

こゝで私は彼等と共にその母の三周忌を迎へた。私達は格別の設けもしなかつた。子供達は終日を事もなげに遊び暮した。その夕方偶然な事で私達四人は揃つて寫眞を撮つて貰ふ機會が與へられた。そんな事が私には不思議に考へられる程その一日は事なく暮た。

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