秋
本文約2,700字 ・ 読了時間 約6分
あらすじ(AIが作成しました)
霜に打たれたポプラや荒れた畑が広がる北国の秋の情景を綴る。作者はニセコアン岳に沈む夕陽や蝦夷富士を眺め、虫の音も絶えた静寂の中で冬を迎える準備が進む自然と暮らしを写し取る。収穫されぬまま霜枯れた作物や囲炉裏の火の傍で過ごす六歳の息子、そして朝方に降りた霜が草の上に広がる様子を描き、凍てつく空気の中で淡々と深まっていく季節の移ろいと、張り詰めたような北国の聖なる秋の気配を静謐な文体で描き出す。
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霜にうたれたポプラの葉が、しほたれながらもなほ枝を離れずに、あるかないかの風にも臆病らしくそよいでゐる。苅入れを終つた燕麥畑の畦に添うて、すく/\と丈け高く立ちならんでゐるその木並みは、ニセコアン岳に沈んで行かうとする眞紅な夕陽の光を受けて、ねぼけたやうな緑色で深い空の色から自分自身をかぼそく區切る。その向うの荒れ果てた小さな果樹園、そこには果ばかりになつた林檎の樹が十本ばかり淋しく離れ合つて立つてゐる。眞赤に熟した十九號(林檎の種類)の果が、紅い夕暮の光に浸つて、乾いた血のやうな黒さに見える。秋になつてから、山から里の方に下つて來たかけすが百舌鳥よりも鈍い、然しある似よりを持つた途切れ/\の啼聲を立てゝ、その黒い枝から枝へと飛び移りながら、人眼に遠い物蔭に隱れてゆく。
見渡す限りの畑には雜草が茫々と茂つてゐる。澱粉の材料となる馬鈴薯は、澱粉の市價が下つたために、而して薯掘の工賃が稀有に高いために、掘り起されもせずにあるので、作物は粗剛な莖ばかりに霜枯れたけれども、生ひ茂る雜草は畑を宛ら荒野のやうにしてしまつたのだ。馬鈴薯ばかりではない、亞麻の跡地でも、燕麥のそれでも、凡てがまだ耡き返へしてはないのだ。雜草の種子は纖毛に運ばれて、地面に近い所をおほわたと一所になつて飛びまはつてゐる。蝦夷富士の山にはいつも晴れた夕暮れにあるやうに、なだらかな山頂の輪廓そのまゝに一むらの雲が綿帽子を被せてゐる。始めはそれが積み立ての雪のやうに白いが、見るまに夕日を照り返して、あらん限りの纖微な紅と藍との色階を採る。紅に富んだその色はやうやくにして藍に豐かになる。而して眞紅に爛れた陽が、ニセコアン岳のなだらかな山背に沈み終ると、雲は急に死色を呈して動搖を始める。而して瞬く中に、その無縫の綿帽子はほころびて來る。かくて大空の果てから果てまで、陽の光もなく夜の闇もないたそがれ時になると、その雲は一ひらの影もとゞめず、濃い一色の空氣の中に吸ひ失はれてしまふ。もう何所を見ても雲はない。虚ろなものゝやうに、大空はたゞ透明に碧い。