生まれいずる悩み
本文約50,300字 ・ 読了時間 約101分
あらすじ(AIが作成しました)
冬の北海道の町はずれで、作者はかつて札幌で出会った一人の少年を回想する。高慢で無愛想だが、自然を鋭敏な感性で捉える絵を描くその少年は、芸術の道を志す中で激しい内面の葛藤に苦しんでいた。やがて少年は生死の境をさまよう過酷な漁の体験を経て、芸術家として生きるべきか漁夫として生きるべきかという究極の問いに直面する。作者は少年の苦悩を自身の祈りとして受け止め、その魂から生じる創造の源泉を見つめる。
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一
私は自分の仕事を神聖なものにしようとしていた。ねじ曲がろうとする自分の心をひっぱたいて、できるだけ伸び伸びしたまっすぐな明るい世界に出て、そこに自分の芸術の宮殿を築き上げようともがいていた。それは私にとってどれほど喜ばしい事だったろう。と同時にどれほど苦しい事だったろう。私の心の奥底には確かに――すべての人の心の奥底にあるのと同様な――火が燃えてはいたけれども、その火を燻らそうとする塵芥の堆積はまたひどいものだった。かきのけてもかきのけても容易に火の燃え立って来ないような瞬間には私はみじめだった。私は、机の向こうに開かれた窓から、冬が来て雪にうずもれて行く一面の畑を見渡しながら、滞りがちな筆をしかりつけしかりつけ運ばそうとしていた。
寒い。原稿紙の手ざわりは氷のようだった。
陽はずんずん暮れて行くのだった。灰色からねずみ色に、ねずみ色から墨色にぼかされた大きな紙を目の前にかけて、上から下へと一気に視線を落として行く時に感ずるような速さで、昼の光は夜の闇に変わって行こうとしていた。午後になったと思うまもなく、どんどん暮れかかる北海道の冬を知らないものには、日がいち早く蝕まれるこの気味悪いさびしさは想像がつくまい。ニセコアンの丘陵の裂け目からまっしぐらにこの高原の畑地を目がけて吹きおろして来る風は、割合に粒の大きい軽やかな初冬の雪片をあおり立てあおり立て横ざまに舞い飛ばした。雪片は暮れ残った光の迷子のように、ちかちかした印象を見る人の目に与えながら、いたずら者らしくさんざん飛び回った元気にも似ず、降りたまった積雪の上に落ちるや否や、寒い薄紫の死を死んでしまう。ただ窓に来てあたる雪片だけがさらさらさらさらとささやかに音を立てるばかりで、他のすべてのやつらは残らず唖だ。快活らしい白い唖の群れの舞踏――それは見る人を涙ぐませる。
私はさびしさのあまり筆をとめて窓の外をながめてみた。そして君の事を思った。
二