An Incident
本文約5,900字 ・ 読了時間 約12分
あらすじ(AIが作成しました)
冬の真夜中、寝付けず駄々をこねる四歳の子供に苛立ちを募らせた父親は、感情を爆発させて子供を暗い外套掛けの中に閉じ込める。激昂して理性を失った父親は、泣き叫ぶ子供の声に満足すら覚えるが、やがて冷めた理性と共に強い後悔と孤独に襲われる。本作は、夜の静寂の中で家族の絆が引き裂かれ、不和と疎外感に苦しむ男の心理と、やり場のない憤怒と後悔に沈む深夜の光景を描く。
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彼はとう/\始末に困じて、傍に寝てゐる妻をゆり起した。妻は夢心地に先程から子供のやんちやとそれをなだめあぐんだ良人の声とを意識してゐたが、夜着に彼の手を感ずると、警鐘を聞いた消防夫の敏捷さを以て飛び起きた。然し意識がぼんやりして何をするでもなくそのまゝ暫くぢつとして坐つてゐた。
彼のいら/\した声は然し直ぐ妻を正気に返らした。妻は急に瞼の重味が取り除けられたのを感じながら、立上つて小さな寝床の側に行つた。布団から半分身を乗り出して、子供を寝かしつけて居た彼は、妻でなければ子供が承知しないのだと云ふことを簡単に告げて、床の中にもぐり込んだ。冬の真夜中の寒さは両方の肩を氷のやうにしてゐた。
妻がなだめたならばと云ふ期待は裏切られて、彼は失望せねばならなかつた。妻がやさしい声で、真夜中だからおとなしくして寝入るやうにと云へば云ふほど、子供は鼻にかゝつた甘つたれ声で駄々をこねだした。枕を裏返せとか、裏返した枕が冷たいとか、袖で涙をふいてはいけないとか、夜着が重いけれども、取り除けてはいけないとか、妻がする事、云ふ事の一つ/\にあまのじやくを云ひつのるので、初めの間は成るべく逆らはぬやうにと、色々云ひなだめてゐた妻も、我慢がし切れないと云ふ風に、寒さに身を慄はしながら、一言二言叱つて見たりした。それを聞くと子供はつけこむやうに殊更声を曇らしながら身悶えした。
彼は鼻の処まで夜着に埋まつて、眼を大きく開いて薄ぼんやりと見える高い天井を見守つたまゝ黙つてゐた。晩くまで仕事をしてから床に這入つたので、重々しい睡気が頭の奥の方へ追ひ込められて、一つのとげ/\した塊的となつて彼の気分を不愉快にした。
彼は物を云はうと思つたが面倒なので口には出さずに黙つてゐた。
十分。
十五分。
二十分。
何んの甲斐もない。子供は半睡の状態からだん/\と覚めて来て、彼を不愉快にしてゐるその同じ睡気にさいなまれながら、自分を忘れたやうに疳を高めた。