TRENDIA CLASSIC

實驗室

有島武郎

1 / 21

兄と彼れとは又同じ事を繰返して云ひ合つてゐるのに氣がついて、二人とも申合せたやうに押默つてしまつた。

兄は額際の汗を不愉快さうに拭つて、せはしく扇をつかつた。彼れは顯微鏡のカバーの上に薄らたまつた埃を隻眼で見やりながら、實驗室に出入しなかつたこの十日間程の出來事を、涙ぐましく思ひかへしてゐた。

簡單に云ふと前の日の朝に彼れの妻は多量の咯血をして死んでしまつたのだ。妻は彼れの出勤してゐる病院で療治を受けてゐた。その死因について院長をはじめ醫員の大部分は急激な乾酪性肺炎の結果だらうと云ふに一致したが、彼れだけはさう信ずる事が出來なかつた。左肺が肺癆に罹つて大部分腐蝕してゐるのは誰れも認めてゐたが、一週間程前から右肺の中葉以上に突然起つた聽診的變調と、發熱と、腹膜肋膜の炎症とを綜合して考へて見ると粟粒結核の勃發に相違ないと堅く信じたのだ。咯血が直接の死因をなしてゐると云ふ事も、病竈が血管中に破裂する粟粒結核の特性を證據立てゝゐるやうに思はれた。病室で死骸を前に置いて院長が死亡屆を書いてくれた時でも、院長は悔みや手傳ひに來た醫員達と熱心に彼れの妻の病氣の經過を論じ合つて、如何しても乾酪性肺炎の急激な場合と見るのが至當で、斃れたのは極度の衰弱に起因すると主張したが、彼れはどうしても腑に落ちなかつた。妻の死因に對してさへ自分の所信が輕く見られてゐる事は侮辱にさへ考へられた。然し彼れは場合が場合なのでそこに口を出すやうな事はしなかつた。而して倒さに着せられた白衣の下に、小さく平べつたく、仰臥さしてある妻の死骸を眺めて默然としてゐた。

有島武郎の他の作品