TRENDIA CLASSIC

平凡人の手紙

有島武郎

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もう一年になつた。早いもんだ。然し待つてくれ給へ。僕はこゝまで何の氣なしに書いて來たが、早いもんだとばかりは簡單に云ひ切る事も出來ないやうな氣がする。僕が僕なりにして來た苦心はこの間の時間を長く思はせもする。まあ然し早いもんだと云つておかう。早いもんだ。妻が死んだ時電報を打つたら君はすぐ駈けつけてくれたが、その時僕がどんな顏で君を迎へたかは一寸想像がつかない。僕は多分存外平氣な顏をしてゐた事と思ふがどうだ。その時の君の顏は今でもはつきり心に浮べて見る事が出來る。この男が不幸な眼に遇ふ――へえ、そんな事があるのかな、何かの間違ひぢやないのか。そんな顏を君はしてゐた。

僕は實際その後でも愛する妻を失つた夫らしい顏はしなかつたやうだ。この頃は大分肥つても來たし、平氣で諸興行の見物にも出懸けるし、夜もよく眠るし、妻の墓には段々足が遠のくし、相變らず大した奮發もしないで妻がゐる時とさして變らない生活をしてゐる。ある友達は僕が野心がなさ過ぎるから皆んなで寄つてたかつて、侮辱でもして激勵しなければ駄目だと云つたさうだ。まあその位に無事泰平でゐる。君が僕の容子を見たら一つ後妻でも見附けてやらうかと思ふ程だらう。夫れ程物欲しげな顏をしてゐる時もある。怒つてくれるなよ。決して僕が不人情だからではない、是れが僕の性質なんだ。僕の幸運が僕をさうしたのだ。

實際僕ほど運命に寵愛された男は珍らしいと云つていゝだらう。小さい頃神社や佛閣に參詣した時、僕を連れて行つてくれた人達が引いてくれたお神には何時でも大吉と書かれてゐた。五黄の寅と云ふのは強い運星だと誰れでも云つた。實際その通りだつた。少年時代に僕の持つた只一つの不幸は非常に羸弱な體質と、それに原因する神經過敏だつたが、夫れも青春期からは見事に調節されて兵隊にさへ取られる程の頑健さになつた。

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