TRENDIA CLASSIC

自動車を止めるボタン

中谷宇吉郎

1 / 2

アメリカでは自動車の交通規則がやかましく、赤ランプの突破など、ひどい罰金である。

何分ああ自動車が多くては、よほど規則を嚴重にしておかなくては、到底交通の安全を期し難い。車道と人道との區別もはっきりしていて、車道には普通自動車だけしか走っていない。自轉車は、原則として人道を通ることになっている。まず乳母車並みである。

人命を非常に大切にしているので、誤って人を轢くと、たいへんな損害賠償をとられる。下手をすると、轢いた方は一生涯只働きをしなければならない。裁判で一度判決を受けると、その額を支拂うまで、月給の中からずっと差し引いて、とられてしまうからである。

もっとも歩行者に對しても、交通規則はきわめてきびしい。横斷歩道でないところを横切って、自動車に轢かれても、たいていは轢かれ損である。その代り、横斷歩道のところで轢くと、今度は轢いた方が、一生只働きのおそれがある。とにかくひどく割り切った國で、日本風な人情味は、まず無い國と思わなければならない。

規則ずくめで、何でもきちんとやるので、時々意外なことがある。

例えば横斷歩道であるが、自動車道路の四つ角には、必ずゴー・ストップがついていて、人も車も、必ずこれに從わねばならない。それでランプさえ見て通れば、交通禍の心配はない。

ところが、時には自動車道路と細い道とが交叉しているところがある。そして自動車道路の方は重要交通路で、これと交叉している細い道の方は、たまに人が通る程度の道である、という場合もある。

そういうところに、ゴー・ストップをつけると、妙な現象が起る。自動車道路の方は、赤になると、何十臺という自動車が止っているが、その間、細い道の方は誰も通らない。全くの時間の無駄である。

そうかといって、ゴー・ストップをつけなければ、今度は横切る人の方が困る。轢かれ損になってはたいへんであるから、と言っていては、何時までも道が横切れない。

中谷宇吉郎の他の作品