本文へ移動
TORENDIA

わが家の古玩

本文約1,100字 ・ 読了時間 約3分

あらすじ(AIが作成しました)

自らが所有する蓬平の墨蘭図や司馬江漢の秋果図など、僅かな古玩の目録を記す。陶磁器や書画に対する愛着を語りつつ、自身の蒐集家としてのあり方を再考する。小穴一游亭や室生犀星ら友人との交流を通じて培われた古玩への眼差しや、近人の作品との向き合い方を綴る。所有する品の乏しさを自嘲しながらも、古玩を愛でる喜びや、その精神的な充足感がもたらす豪奢な生について考察し、古玩への情熱を静かに描き出す一文である。

芥川龍之介

速度
🎧 わが家の古玩 / 朗読音声: VOICEVOX:玄野武宏

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 2

蓬平作墨蘭図一幀、司馬江漢作秋果図一幀、仙厓作鐘鬼図一幀、愛石の柳陰呼渡図一幀、巣兆、樗良、蜀山、素檗、乙二等の自詠を書せるもの各一幀、高泉、慧林、天祐等の書各一幀、――わが家の蔵幅はこの数幀のみなり。他にわが伯母の嫁げる狩野勝玉作小楠公図一幀、わが養母の父なる香以の父龍池作福禄寿図一幀等あれども、こはわが一族を想ふ為に稀に壁上に掲ぐるのみ。陶器をペルシア、ギリシア、ワコ、新羅、南京古赤画、白高麗等を蔵すれども、古織部の角鉢の外は言ふに足らず。古玩を愛する天下の士より見れば、恐らくは嗤笑を免れざるべし。わが吉利支丹の徒の事蹟を記せるを以て、所謂「南蛮もの」を蔵すること多からんと思ふ人々もなきにあらざれども、われは数冊の古書の外に一体のマリア観音を蔵するに過ぎず。若しわれをしも蒐集家と言はば、張三李四の徒も蒐集家たるべし。然れどもわが友に小穴一游亭あり。若し千古の佳什を得んと欲すれば、必しもかの書画家の如く叩頭百拝するを須ひず。当来の古玩の作家を有するは或は古玩を有するよりも多幸なる所以なり。

古玩は前人の作品なり。前人の作品を愛するは必しも容易の業にあらず。われは室生犀星の陶器を愛するを見、その愛を共にするに一年有半を要したり。書画、篆刻、等を愛するに至りしも小穴一游亭に負ふ所多かるべし。天下に易々として古玩を愛するものあるを見る、われは唯わが性の迂拙なるを歎ずるのみ。然れども文章を以て鳴るの士の蒐集品を一見すれば、いづれも皆古玩と称するに足らず。唯室生犀星の蒐集品はおのづから蒐集家の愛を感ぜしむるに足る。古玩にして佳什ならざるも、凡庸の徒の及ばざる所なるべし。

芥川龍之介の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本