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TORENDIA

めくら草紙

本文約6,700字 ・ 読了時間 約14分

あらすじ(AIが作成しました)

病床に伏す作家は、お隣の十六歳の少女マツ子に自身の独白を筆記させ、日々の生活や草花の記述を織り交ぜた小説を綴る。周囲の噂や生活の営み、自身の内面的な葛藤を抱えながら、執筆作業と自己の文学的な理想の追求に没頭する。完成した原稿に自らの田舎臭い滑稽さと残酷さを見出し、少女との関係や自身の存在に思いを馳せつつ、あるべき小説の姿を模索して言葉を紡ぎ続ける、著者自身の執筆風景を描く。

太宰治

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🎧 めくら草紙 / 朗読音声: VOICEVOX:波音リツ

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なんにも書くな。なんにも読むな。なんにも思うな。ただ、生きて在れ!

太古のすがた、そのままの蒼空。みんなも、この蒼空にだまされぬがいい。これほど人間に酷薄なすがたがないのだ。おまえは、私に一箇の銅貨をさえ与えたことがなかった。おれは死ぬるともおまえを拝まぬ。歯をみがき、洗顔し、そのつぎに縁側の籐椅子に寝て、家人の洗濯の様をだまって見ていた。盥の水が、庭のくろ土にこぼれ、流れる。音もなく這い流れるのだ。水到りて渠成る。このような小説があったなら、千年万年たっても、生きて居る。人工の極致と私は呼ぶ。

鋭い眼をした主人公が、銀座へ出て片手あげて円タクを呼びとめるところから話がはじまり、しかもその主人公は高まいなる理想を持ち、その理想ゆえに艱難辛苦をつぶさに嘗め、その恥じるところなき阿修羅のすがたが、百千の読者の心に迫るのだ。そうして、その小説にはゆるぎなき首尾が完備してあって、――私もまた、そのような、小説らしい小説を書こうとしていた。私の中学時代からの一友人が、このごろ、洋装の細君をもらったのであるが、それは、狐なのである。化けているのだ。私にはそれがよくわかっているのだけれども、どうも、可哀想で直接には言えないのだ。狐は、その友人を好いているのだもの。けだものに魅こまれた友人は、私の気のせいか、一日一日と痩せてゆくようである。私は、そしらぬふりして首尾のまったく一貫した小説に仕立ててやり、その友人にそれとなく知らせてやったほうがよいのかもしれぬ。その友人は、「人生四十から。」という本を本棚にかざってあるのを私は見たことがあって、自分の生活を健康と名づけ、ご近所のものたちもまた、その友人を健康であると信じているようである。もし友人が、その小説を読み、「おれは君のあの小説のために救われた。」と言ったなら、私もまた、なかなか、ためになる小説を書いたということにならないだろうか。

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