路上
本文約3,800字 ・ 読了時間 約8分
あらすじ(AIが作成しました)
電車を降りて歩く道中に見出した、日常から乖離した旅情を感じさせる路を通う主人公。ある雨上がりの日、足場の悪い崖道をあえて引き返さず滑り下りるという危険な行為に身を委ね、その先にある崖の縁で九死に一生を得る。泥に塗れた自身の滑稽な姿を誰かに見ていてほしいという切実な孤独と、破滅の予感に震える自己の体験を、書かずにはいられないという衝動に突き動かされ、執筆の必要性へと向き合うまでを描く。
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自分がその道を見つけたのは卯の花の咲く時分であった。
Eの停留所からでも帰ることができる。しかもM停留所からの距離とさして違わないという発見は大層自分を喜ばせた。変化を喜ぶ心と、も一つは友人の許へ行くのにMからだと大変大廻りになる電車が、Eからだと比較にならないほど近かったからだった。ある日の帰途気まぐれに自分はEで電車を降り、あらましの見当と思う方角へ歩いて見た。しばらく歩いているうちに、なんだか知っているような道へ出て来たわいと思った。気がついてみると、それはいつも自分がMの停留所へ歩いてゆく道へつながって行くところなのであった。小心翼々と言ったようなその瞬間までの自分の歩き振りが非道く滑稽に思えた。そして自分は三度に二度というふうにその道を通るようになった。
Mも終点であったがこのEも終点であった。Eから乗るとTで乗換えをする。そのTへゆくまでがMからだとEからの二倍も三倍もの時間がかかるのであった。電車はEとTとの間を単線で往復している。閑な線で、発車するまでの間を、車掌がその辺の子供と巫山戯ていたり、ポールの向きを変えるのに子供達が引張らせてもらったりなどしている。事故などは少いでしょうと訊くと、いやこれで案外多いのです。往来を走っているのは割合い少いものですが、など車掌は言っていた。汽車のように枕木の上にレールが並べてあって、踏切などをつけた、電車だけの道なのであった。
窓からは線路に沿った家々の内部が見えた。破屋というのではないが、とりわけて見ようというような立派な家では勿論なかった。しかし人の家の内部というものにはなにか心惹かれる風情といったようなものが感じられる。窓から外を眺め勝ちな自分は、ある日その沿道に二本のうつぎを見つけた。