本文へ移動
TORENDIA

城のある町にて

本文約17,700字 ・ 読了時間 約36分

あらすじ(AIが作成しました)

妹を亡くした「私」は、療養のために、姉夫婦の暮らす、城のある町を訪れる。町の風景や人々を眺めながら、静かな時間を過ごす。

梶井基次郎

🎧 まだ音声版はありません

リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 21

ある午後

「高いとこの眺めは、アアッ(と咳をして)また格段でごわすな」

片手に洋傘、片手に扇子と日本手拭を持っている。頭が奇麗に禿げていて、カンカン帽子を冠っているのが、まるで栓をはめたように見える。――そんな老人が朗らかにそう言い捨てたまま峻の脇を歩いて行った。言っておいてこちらを振り向くでもなく、眼はやはり遠い眺望へ向けたままで、さもやれやれといったふうに石垣のはなのベンチへ腰をかけた。――

町を外れてまだ二里ほどの間は平坦な緑。I湾の濃い藍が、それのかなたに拡がっている。裾のぼやけた、そして全体もあまりかっきりしない入道雲が水平線の上に静かに蟠っている。――

「ああ、そうですな」少し間誤つきながらそう答えた時の自分の声の後味がまだ喉や耳のあたりに残っているような気がされて、その時の自分と今の自分とが変にそぐわなかった。なんの拘りもしらないようなその老人に対する好意が頬に刻まれたまま、峻はまた先ほどの静かな展望のなかへ吸い込まれていった。――風がすこし吹いて、午後であった。

一つには、可愛い盛りで死なせた妹のことを落ちついて考えてみたいという若者めいた感慨から、峻はまだ五七日を出ない頃の家を出てこの地の姉の家へやって来た。

ぼんやりしていて、それが他所の子の泣声だと気がつくまで、死んだ妹の声の気持がしていた。

「誰だ。暑いのに泣かせたりなんぞして」

そんなことまで思っている。

彼女がこと切れた時よりも、火葬場での時よりも、変わった土地へ来てするこんな経験の方に「失った」という思いは強く刻まれた。

梶井基次郎の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本