TRENDIA CLASSIC

吉良上野の立場

菊池寛

1 / 13

内匠頭は、玄関を上ると、すぐ、

「彦右衛と又右衛に、すぐ来いといえ」といって、小書院へはいってしまった。

(そらっ! また、いつもの癇癪だ)と、家来たちは目を見合わせて、二人の江戸家老、安井彦右衛門と藤井又右衛門の部屋へ走って行った。

内匠頭は、女どもに長上下の紐を解かせながら、

「どうもいかん! また物入りだ! しょうがない!」と、呟いて、袴を脱ぎ捨てると、

「二人に早く来るよう、いって参れ!」と催促した。

しばらくすると、安井彦右衛門が、急ぎ足にはいって来て、

「何か御用で!」といって、座った。

「又右衛は?」

「お長屋におりますから、すぐ参ります」

「女ども、あちらへ行け! 早く行け!」と、内匠頭が手を振った。女は半分畳んだ袴、上下を、あわてて抱いて退ってしまった。

「例の京都からの勅使が下られるが、また接待役だ」

「はっ!」

「物入りだな」

「しかし、御名誉なことで、仕方がありませんな」

「そりゃ、仕方がないが……」と、内匠頭がいったとき、藤井又右衛門が、

「遅くなりました」といって、はいって来た。

「又右衛門、公儀から今度御下向の勅使の御馳走役を命ぜられたが、それについて相談がある」

「はい」

「この前――天和三年か、勤めたときには、いくら入費がかかったか?」

「ええ……」二人は、首を傾けた。藤井が、

「およそ、四百両となにがしと思いますが」

「そのくらいでした」と、安井が頷いた。

「四百両か! その時分と今とは物価が違っているから、四百両では行くまいな。伊東出雲にきくと、あいつの時は、千二百両かかったそうだ」

「あの方のお勤めになりましたのは、元禄十年――たしか十年でしたな」

「そうだ」

「あのとき、千二百両だといたしますと、今日ではどんなに切りつめても、千両はかかりましょうな」

内匠頭は、にがい顔をした。

「そんなにかかっちゃ、たまらんじゃないか。わしは、七百両ぐらいでどうにか上げようと思う」

「七百両!」と、二人は首を傾けた。

「少なすぎるか」

「さあ!」

二人は、浅野が小大名として、代々節倹している家風を知っていたし、内匠頭の勘定高い性質も十分知っていたので、

菊池寛の他の作品