オリンポスの果実
本文約74,700字 ・ 読了時間 約150分
あらすじ(AIが作成しました)
オリンピックに出場するため渡米した漕艇選手たちの青春と、その後の変遷を描く。選手たちはサンフランシスコでの熱狂的な歓迎を受けるが、帰国後は過酷な現実や運動への参加、戦地への赴任を経て、かつての仲間たちが散り散りになる様を目の当たりにする。著者は、かつて淡い恋心を抱いた女性への追憶を核に、青春の終わりと時代の荒波に翻弄される若者たちの喪失感を、自身の人生の軌跡と重ね合わせながらつづる。
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一
秋ちゃん。
と呼ぶのも、もう可笑しいようになりました。熊本秋子さん。あなたも、たしか、三十に間近い筈だ。ぼくも同じく、二十八歳。すでに女房を貰い、子供も一人できた。あなたは、九州で、女学校の体操教師をしていると、近頃風の便りにききました。
時間というのは、変なものです。十年近い歳月が、当時あれほど、あなたの事というと興奮して、こうした追憶をするのさえ、苦しかったぼくを、今では冷静におししずめ、ああした愛情は一体なんであったろうかと、考えてみるようにさせました。
恋というには、あまりに素朴な愛情、ろくろく話さえしなかった仲でしたから、あなたはもう忘れているかもしれない。しかし、ぼくは今日、ロスアンゼルスで買った記念の財布のなかから、あのとき大洋丸で、あなたに貰った、杏の実を、とりだし、ここ京城の陋屋の陽もささぬ裏庭に棄てました。そのとき、急にこうしたものが書きたくなったのです。
これはむろん恋情からではありません。ただ昔の愛情の思い出と、あなたに、お聞きしたかったことが、聞けなかった心残りからです。
思わせぶりではありますがその言葉は、この手記の最後まで、とっておかして下さい。
二
あなたにとってはどうでしょうか、ぼくにとって、あのオリムピアへの旅は、一種青春の酩酊のごときものがありました。あの前後を通じて、ぼくはひどい神経衰弱にかかっていたような気がします。
ぼくだけではなかったかも知れません。たとえば、すでに三十近かった、ぼく達のキャプテン整調の森さんでさえ、出発の二三日前、あるいかがわしい場処へ、デレゲェション・バッジを落してきたのです。
モオラン(Morning-run)と称する、朝の駆足をやって帰ってくると、森さんが、合宿傍の六地蔵の通りで背広を着て、俯いたまま、何かを探していました。