野狐
本文約19,500字 ・ 読了時間 約40分
あらすじ(AIが作成しました)
妻子を持つ作家である主人公は、過去を持つ奔放な女性・桂子と生活を共にし、強烈な肉体関係と薬物、酒に溺れていく。戦後の困窮の中で共産党に幻滅し、作家としても再起できず苦悩する彼は、道徳的な責任と桂子への憐憫の情、そして自身の堕落の間で揺れ動く。自らの醜悪さを抱えながら、泥沼のような生活から抜け出せない作家が、永遠に野狐として生きる覚悟と葛藤を描く。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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ひとのいう、(たいへんな女)と同棲して、一年あまり、その間に、何度、逃げようと思ったかしれない。また事実、伊豆のM海岸に疎開のままになっている妻子のもとに、度々戻ったこともある。
しかし、それはいつも完全に逃げられなかった。(たいへんな女)が恋しく、女房の鈍感さに堪えられなかったのである。たいへんな女、桂子の過去を私はよく知らない。私は桂子と街で逢った。けれども普通の夜の天使と違った純情さと一徹さがあると信ぜられた。
私との商取引ができた後、私は四、五人の逞しい、異国人たちに取囲まれ、喧嘩になった時、彼女は最後まで私の味方だった。また一緒にホテルにいった後、彼女は包まず、自分の恥ずかしい過去を語り、流涕し、しかも歓喜して私の身体を抱いた。私は生れて初めて、肉欲の喜びを知ったと思った。彼女がいっさい、包まず、自分の過去を語ったと思ったのは私の錯覚である。しかし少しでも、自分の醜悪な過去を私にみせてくれたのは、私にとって救いであった。
いわば憐憫の情から結婚してしまった私の妻は処女でなかった。しかも、それは自転車に乗ったためだと嘘を吐き、自分の過去を神聖そのもののようにみせようと、いつまでも私に対して冷たかった。私も童貞で、妻と一緒になった訳ではない。けれども私は自分の過去を包みかくさず、彼女に語った。そして、彼女にもそのようにして貰いたかった。だが、妻は、(汚された処女の復讐)を私に対して、行なったのである。私はそれに対して、放蕩をもって対抗していた。
その頃から、第二次世界大戦が激しくなってゆき、私は度々、出征した。殺人と放火の無慈悲な戦場にいると、そんな甲羅をかぶったような妻でも、天使のように恋しく、私は帰還する度に、妻に子供を産ませた。
戦争が済むと、私は会社を馘になり、子供は四人もあった。インフレはたちまち激しくなり、六千円ほどの退職金は三日ももたなかった。私は昔から文学志望だったけれど、その時は、資本主義社会の邪悪さを身にしみて感じていただけに、新しい正しい世の中を作りたい希望をもって共産党に入っていった。