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TORENDIA

最後の一句

本文約9,000字 ・ 読了時間 約19分

あらすじ(AIが作成しました)

死罪を宣告された船乗業・太郎兵衛の家族は、世間から孤立して暮らす。父の処刑を知った長女のいちは、妹弟と共に奉行所へ直訴に及ぶ。父の命を助ける代償として、自分たちが身代わりになるという驚くべき願いを申し出る。子供たちの覚悟は奉行たちの胸を突き、役人一同を動揺させる。献身の中に潜む強烈な反抗の意思が、冷徹な行政機関の司法判断に影響を与え、思いがけぬ展開へと家族を導いていく。

森鴎外

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元文三年十一月二十三日の事である。大阪で、船乘業桂屋太郎兵衞と云ふものを、木津川口で三日間曝した上、斬罪に處すると、高札に書いて立てられた。市中到る處太郎兵衞の噂ばかりしてゐる中に、それを最も痛切に感ぜなくてはならぬ太郎兵衞の家族は、南組堀江橋際の家で、もう丸二年程、殆ど全く世間との交通を絶つて暮してゐるのである。

この豫期すべき出來事を、桂屋へ知らせに來たのは、程遠からぬ平野町に住んでゐる太郎兵衞が女房の母であつた。この白髮頭の媼の事を桂屋では平野町のおばあ樣と云つてゐる。おばあ樣とは、桂屋にゐる五人の子供がいつも好い物をお土産に持つて來てくれる祖母に名づけた名で、それを主人も呼び、女房も呼ぶやうになつたのである。

おばあ樣を慕つて、おばあ樣にあまえ、おばあ樣にねだる孫が、桂屋に五人ゐる。その四人は、おばあ樣が十七になつた娘を桂屋へよめによこしてから、今年十六年目になるまでの間に生れたのである。長女いちが十六歳、二女まつが十四歳になる。其次に、太郎兵衞が娘をよめに出す覺悟で、平野町の女房の里方から、赤子のうちに貰ひ受けた、長太郎と云ふ十二歳の男子がある。其次に又生れた太郎兵衞の娘は、とくと云つて八歳になる。最後に太郎兵衞の始て設けた男子の初五郎がゐて、これが六歳になる。

平野町の里方は有福なので、おばあ樣のお土産はいつも孫達に滿足を與へてゐた。それが一昨年太郎兵衞の入牢してからは、兎角孫達に失望を起させるやうになつた。おばあ樣が暮し向の用に立つ物を主に持つて來るので、おもちややお菓子は少くなつたからである。

しかしこれから生ひ立つて行く子供の元氣は盛んなもので、只おばあ樣のお土産が乏しくなつたばかりでなく、おつ母樣の不機嫌になつたのにも、程なく馴れて、格別萎れた樣子もなく、相變らず小さい爭鬪と小さい和睦との刻々に交代する、賑やかな生活を續けてゐる。そして「遠い/\所へ往つて歸らぬ」と言ひ聞された父の代りに、このおばあ樣の來るのを歡迎してゐる。

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