心中
本文約8,400字 ・ 読了時間 約17分
あらすじ(AIが作成しました)
料理店川桝で働く女中のお金は、ある雪の夜に起きた出来事を語る。同じ店で働くお松とお花が、深夜の便所へ向かう途中、四畳半の部屋で異様な音を聞き障子を開ける。そこには、縁のあった男・佐野と共にいた女中のお蝶が、喉を切られ瀕死の状態で倒れていた。現場には佐野が遺した二人の連署による遺書があり、心中を想起させる光景が広がっていた。語り手である僕が、この記憶を持つお金から聞き書きした一幕を描く。
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お金がどの客にも一度はきっとする話であった。どうかして間違って二度話し掛けて、その客に「ひゅうひゅうと云うのだろう」なんぞと、先を越して云われようものなら、お金の悔やしがりようは一通りではない。なぜと云うに、あの女は一度来た客を忘れると云うことはないと云って、ひどく自分の記憶を恃んでいたからである。
それを客の方から頼んで二度話して貰ったものは、恐らくは僕一人であろう。それは好く聞いて覚えて置いて、いつか書こうと思ったからである。
お金はあの頃いくつ位だったかしら。「おばさん、今晩は」なんと云うと、「まあ、あんまり可哀そうじゃありませんか」と真面目に云って、救を求めるように一座を見渡したものだ。「おい、万年新造」と云うと、「でも新造だけは難有いわねえ」と云って、心から嬉しいのを隠し切れなかったようである。とにかく三十は慥かに越していた。
僕は思い出しても可笑しくなる。お金は妙な癖のある奴だった。妙な癖だとは思いながら、あいつのいないところで、その癖をはっきり思い浮かべて見ようとしても、どうも分からなかった。しかし度々見るうちに、僕はとうとう覚えてしまった。お金を知っている人は沢山あるが、こんな事をはっきり覚えているのは、これも矢っ張僕一人かも知れない。癖と云うのはこうである。