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TORENDIA

雪中富士登山記

本文約5,000字 ・ 読了時間 約11分

あらすじ(AIが作成しました)

十月の末、富士山の頂上を目指す一人の登山者が、案内人の剛力と弟を連れ、冬の気配が漂う山道を登る。御殿場から出発し、霧に包まれた五合目や凍てつく登山道を辿り、二合目の室で休息をとりつつ進む。六合目からは厳しい寒気と吹きすさぶ風にさらされながらも、頂上付近で雪に覆われた火口壁と対峙する。やがて剣ヶ峰まで登り切り、眼下に本栖湖や遠く日本アルプスの山々を望む雄大な景観を目の当たりにする。

小島烏水

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🎧 雪中富士登山記 / 朗読音声: VOICEVOX:もち子さん

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一

今朝は寒いと思うとき、わが家の背後なる山王台に立って、遥かに西の方を見渡すと、昨夜の風が砥ぎ澄まして行った、碧く冴えた虚空の下には、丹沢山脈の大山一帯が、平屋根の家並のように、びったり凍かんで一と塊に圧しつけられている。その背後から陶器の盃でも伏せたように、透き徹っているのは、言うまでもなく富士の山だ。思いがけなく頭の上が、二、三寸ほど、大根卸しでも注いだように、白くなっている。山の新雪! 下界では未だ霜が結んだという噂も聞かないのに、天上の高寒に、早くも洗礼を受けて、甦ったように新しくなった山を見ると、水を浴びせられたように慄となる。

三日四日と経つうちに、山の頭は喰い欠かれたように、うす霞に融けて見えることもあるが、白さは次第に劃然と、碧い空から抜け出るようになり、山の肌はいよいよ光輝を帯びて来る。冬が来た、冬が来た、木はその葉を振い、飛ぶ禽も翼を縮めるべき冬が来たのだ。その冬の先駆なる高嶺の雪!

自然は富士山という一つの題材を、幾十百部に切り刻んで、相模野からかけて、武蔵野辺に住む人たちに朝となく、夕となく、種々の相を示してくれる。その中にも山頂に落ちた白雪は、私の神経を刺戟することにおいて、幾百反歩の雑木林の動揺と、叫喚とにも、勝っている。

その新雪光る富士山の巓を、私が踏んだのは、去四十年十月の末であった。

二

「十月二十六日夜九時、御殿場富士屋へ着、寒暖計五十六度、曇天、温に過ぐ、明日の天候を気遣うこと甚だし。」

と日記に書いてある。

頼んで置いたので、翌くる朝午前二時に起してくれたが、大裾野は鼻を摘まれても解らないほど、闇黒がどこまでも拡がっているので、少なからず頭を悩ました。しかし案内の剛力(名を勝又琴次郎という)が、今まで幾回も登山したが、頂上へ登らずに、下山したのは、ただの一度しかないと「山運の好い男」を誇っているのが、何だか便りのようにも思われて、私と弟とは、その男に先導されて、闇の中を、行けるところまで行くことにした。

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