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TORENDIA

「続スウィス日記」発掘の始末

本文約4,500字 ・ 読了時間 約9分

あらすじ(AIが作成しました)

辻村伊助の『スウィス日記』と『続スウィス日記』を合刊した本書は、日本のアルピニストの先駆者である著者の記録を綴る。大正三年のアルプス登山中の遭難や、その後の欧州での日々、帰国後の箱根での生活と関東大震災による被災の経緯が詳述される。泥流の中から発見された遺稿や遺言書、また友人たちによる追悼の思いを軸に、山の記録を愛した著者の生涯と、遺族や友人の手によって編纂された本作の成立過程を収める。

小島烏水

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故辻村伊助の「スウィス日記」と「続スウィス日記」とを、一冊に合刊して、世に出すことになった。「スウィス日記」の方は、日本山岳会設立以来、第十周年に、雑誌『山岳』の記念号を出したとき(大正四年九月、第十年第一号)から掲載し始め、通計四号分に亙って分載されたのを、単行本に纏めて、大正十一年に、紅玉堂書店(横山光太郎氏)から出版したのであったが、此本は、ジュネーヴ湖から、シャモニイ、ローンの谷々、ユングフラウ、メョンヒ登山等、巻中の精彩ある部分、全巻の四分の一以上を、割愛してあった、それすら、今日では、既に絶版本として、市価も高く、且つ容易に手に入らぬ品になったので、複刻を求めらるる向きも多く、旁々前述の削除部分を、全部採録し、更に新たに発見された「続スウィス日記」をも合刻して、完本とすることにした。

『スウィス日記』が、日本の山岳文献に占める位置は、可なりに重要なものであると思う、日本近代のアルピニストが、スウィスの山を恋う心は、王朝に於ける、宗教全盛時代の求法者が、天竺を慕う心にもまして、熱情的なものである、それを逸早く実現したのは、前に日本山岳会員加賀正太郎氏あり(明治四十三年八月)後に辻村伊助、近藤茂吉氏等の一行であった(地理学者、故大関久五郎氏は、大正元年九月二十四日、ユングフラウ峰に登られたということである)しかも、辻村の一行は、四千米突以上へ達したので、本朝のアルピニストにして、後にアルプスに驍名を馳せられた人々に、槇有恒、松方三郎、浦松佐美太郎、其他の諸氏ありと雖も、辻村等は卒先者であり、『スウィス日記』は始めて書かれた日本人の、アルプスの本であった。

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