本文へ移動
TORENDIA

小学校が全国にできるまで ― 学制の公布から、就学率98パーセントまで

本文約8,600字 ・ 読了時間 約18分

白石 凪

速度
🎧 小学校が全国にできるまで ― 学制の公布から、就学率98パーセントまで / 朗読音声: VOICEVOX:雨晴はう

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 10

第一章 5万3760校の計画

明治5年、西暦1872年。

政府は、全国に、5万3760校の小学校をつくる、という計画を立てました。

人口およそ600人に、1校の割合です。

ところが、それから3年後の、明治8年。

実際にできていた小学校は、2万4000校あまりでした。

計画の数の、半分にも届きませんでした。

いま、私たちが、当たり前のように通う小学校は、いつ、どうやって、全国にできたのでしょうか。

その答えを、たどっていきます。

使った資料は、文部科学省が公開している、学制百年史と、学制百二十年史のページです。

年や数字は、これらに書かれているものだけを使います。

資料のあいだで食いちがう数字は、使いません。

この本は、小学校の仕組みの歴史の本です。

教育の中身や、考え方の良し悪しの評価は、しません。

いまの教育費の議論も、扱いません。

小学校が、どのように全国に広がっていったのか。

その事実だけを、落ち着いて、たどっていきます。

では、学校の制度が生まれる前の年、明治4年から、見ていきましょう。

第二章 明治4年、文部省ができる

学制百二十年史によれば、明治4年、西暦1871年の7月18日に、文部省が設けられました。

廃藩置県の、4日後のことです。

廃藩置県とは、それまでの藩をなくして、県を置いた改革です。

これは、一般的な説明です。

文部省の役目は、全国の教育に関する事務を、取りまとめることです。

学校を所管する役所として、生まれました。

同じ年の12月には、東京府の6つの小学校が、共立小学校という名前に改められました。

また、12月には、学制取調掛という係の人が、12人任命されました。

欧米の学校制度を手本にして、新しい制度の案をつくるためです。

つまり、全国の学校の制度は、明治4年の、1年足らずのあいだに、準備が進められたことになります。

これは、年月を並べた、筆者の読み取りです。

学制取調掛の12人の、名前や経歴は、この本では述べません。

使った資料に、書かれていないからです。

大切なのは、外国の学校の制度を、手本にしながら、日本の制度をつくろうとしたことです。

第三章 明治5年8月、学制

そして、明治5年、1872年の8月。

白石 凪の他の作品

🎧
公園ができた日 ― 明治6年の布達から、日比谷公園まで
白石 凪 ・ 約28分
🎧
蛇口をひねると水が出るまで ― 玉川上水から近代水道、水道法まで
白石 凪 ・ 約31分
🎧
十二月が二日で終わった年 ― 明治の改暦をたどる
白石 凪 ・ 約35分
🎧
給食はおにぎりから始まった ― 明治22年の寺の昼ごはんから、いまの給食まで
白石 凪 ・ 約33分
🎧
明日の天気は、たった一文だった ― 日本初の天気予報から、ひまわりまで
白石 凪 ・ 約46分
🎧
地図はこうしてつくられた ― 明治2年の測量から、地形図の150年
白石 凪 ・ 約27分
🎧
手紙はこうして国中に届いた ― ポストと郵便番号でたどる、郵便150年
白石 凪 ・ 約36分
🎧
財布のなかの小銭の歴史 ― 円・銭・厘から、五百円玉まで
白石 凪 ・ 約25分
🎧
救急車が来るまで ― 昭和8年の横浜から、百十九番の今まで
白石 凪 ・ 約31分
🎧
みんなが名字を名乗った日 ― 明治3年と8年、苗字をめぐる二つの布告
白石 凪 ・ 約26分
🎧
街角の三つのあかり ― 手信号から信号機へ、日本の信号機の歴史
白石 凪 ・ 約48分

同じジャンルの朗読つきの本