本文へ移動
TORENDIA

永日小品

本文約49,800字 ・ 読了時間 約100分

あらすじ(AIが作成しました)

倫敦での思い出や、日常の出来事を、短い文章で綴った小品集。夢のような話から、身近な観察まで、漱石の多彩な文章が味わえる。

夏目漱石

🎧 まだ音声版はありません

リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 68

元日

雑煮を食って、書斎に引き取ると、しばらくして三四人来た。いずれも若い男である。そのうちの一人がフロックを着ている。着なれないせいか、メルトンに対して妙に遠慮する傾きがある。あとのものは皆和服で、かつ不断着のままだからとんと正月らしくない。この連中がフロックを眺めて、やあ――やあと一ツずつ云った。みんな驚いた証拠である。自分も一番あとで、やあと云った。

フロックは白い手巾を出して、用もない顔を拭いた。そうして、しきりに屠蘇を飲んだ。ほかの連中も大いに膳のものを突ついている。ところへ虚子が車で来た。これは黒い羽織に黒い紋付を着て、極めて旧式にきまっている。あなたは黒紋付を持っていますが、やはり能をやるからその必要があるんでしょうと聞いたら、虚子が、ええそうですと答えた。そうして、一つ謡いませんかと云い出した。自分は謡ってもようござんすと応じた。

それから二人して東北と云うものを謡った。よほど以前に習っただけで、ほとんど復習と云う事をやらないから、ところどころはなはだ曖昧である。その上、我ながら覚束ない声が出た。ようやく謡ってしまうと、聞いていた若い連中が、申し合せたように自分をまずいと云い出した。中にもフロックは、あなたの声はひょろひょろしていると云った。この連中は元来謡のうの字も心得ないもの共である。だから虚子と自分の優劣はとても分らないだろうと思っていた。しかし、批評をされて見ると、素人でも理の当然なところだからやむをえない。馬鹿を云えという勇気も出なかった。

夏目漱石の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本