土佐日記
本文約11,800字 ・ 読了時間 約24分
あらすじ(AIが作成しました)
承平四年の冬、土佐の国で任期を終えた守一行が、船で京へ帰る旅路を綴る。一行は船路の道中で和歌を詠み交わして別れを惜しみ、風待ちや滞在を繰り返しながら進む。その旅の最中、京で生まれた娘を亡くすという悲劇に見舞われつつ、一行は山崎を経て、ようやくかつて住んだ京の家へたどり着く。荒れ果てた家と亡き娘への想いに心を痛めながら、帰京の道中の出来事や心情を日記形式で描く。
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男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり。それの年(承平四年)のしはすの二十日あまり一日の、戌の時に門出す。そのよしいさゝかものにかきつく。ある人縣の四年五年はてゝ例のことゞも皆しをへて、解由など取りて住むたちより出でゝ船に乘るべき所へわたる。かれこれ知る知らぬおくりす。年ごろよく具しつる人々(共イ)なむわかれ難く思ひてその日頻にとかくしつゝのゝしるうちに夜更けぬ。
廿二日(にイ有)、和泉の國までとたひらかにねがひたつ。藤原の言實船路なれど馬の餞す。上中下ながら醉ひ過ぎていと怪しくしほ海のほとりにてあざれあへり。
廿三日、八木の康教といふ人あり。この人國に必ずしもいひつかふ者にもあらざる(二字ずイ)なり。これぞ正しきやうにて馬の餞したる。かみがらにやあらむ、國人の心の常として今はとて見えざなるを心あるものは恥ぢずき(ぞイ)なむきける。これは物によりて譽むるにしもあらず。
廿四日、講師馬の餞しに出でませり。ありとある上下童まで醉ひしれて、一文字をだに知らぬものしが、足は十文字に踏みてぞ遊ぶ。
廿五日、守のたちより呼びに文もて來れり。呼ばれて至りて日ひとひ夜ひとよとかく遊ぶやうにて明けにけり。
廿六日、なほ守のたちにてあるじしのゝしりてをのこらまでに物かづけたり。からうた聲あげていひけり。やまとうた、あるじもまらうどもこと人もいひあへりけり。からうたはこれにはえ書かず。やまとうたあるじの守のよめりける、
「都いでゝ君に逢はむとこしものをこしかひもなく別れぬるかな」
となむありければ、かへる前の守のよめりける、
「しろたへの浪路を遠くゆきかひて我に似べきはたれならなくに」。
ことひとびとのもありけれどさかしきもなかるべし。とかくいひて前の守も今のも諸共におりて、今のあるじも前のも手取りかはしてゑひごとに心よげなることして出でにけり。
廿七日、大津より浦戸をさして漕ぎ出づ。かくあるうちに京にて生れたりし女子(子イ無)こゝにて俄にうせにしかば、この頃の出立いそぎを見れど何事もえいはず。京へ歸るに女子のなきのみぞ悲しび戀ふる。ある人々もえ堪へず。この間にある人のかきて出せる歌、