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TORENDIA

渓をおもふ

本文約3,400字 ・ 読了時間 約7分

あらすじ(AIが作成しました)

心に疲れを抱える著者が、折に触れて記憶の底に浮かび上がる各地の渓流を回想し、その情景や思い出を綴る随筆である。岩代から羽前への道中や飯能の山中、浅瀬石川での鱒釣りなど、旅先で出会った清らかな水の流れや厳しい自然の表情を描写する。著者は、渓を眺めたり音を聴いたりすることで、自身の孤独や寂寥の中に静かな喜びを見出し、それらの記憶を心の拠り所として大切に温め続けている様子を記す。

若山牧水

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🎧 渓をおもふ / 朗読音声: VOICEVOX:九州そら

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疲れはてしこころのそこに時ありてさやかにうかぶ渓のおもかげ

いづくとはさやかにわかねわがこころさびしきときし渓川の見ゆ

独りゐてみまほしきものは山かげの巌が根ゆける細渓の水

巌が根につくばひをりて聴かまほしおのづからなるその渓の音

二三年前の、矢張り夏の真中であつたかとおもふ。私は斯ういふ歌を詠んでゐたのを思ひ出す。その頃より一層こゝろの疲れを覚えてゐる昨今、渓はいよ/\なつかしいものとなつて居る。ぼんやりと机に凭つてをる時、傍見をするのもいやで汗を拭き/\街中を歩いて居る時、まぼろしのやうに私は山深い奥に流れてをるちひさい渓のすがたを瞳の底に、心の底に描き出して何とも云へぬ苦痛を覚ゆるのが一つの癖となつて居る。

蒼空を限るやうな山と山との大きな傾斜が――それをおもひ起すことすら既に私には一つの寂寥である――相迫っ[#ここのみ拗音が小さい字「っ」になっている]て、其処に深い木立を為す、木立の蔭にわづかに巌があらはれて、苔のあるやうな、無いやうなそのかげをかすかに音を立てながら流れてをる水、ちひさな流、それをおもひ出すごとに私は自分の心も共に痛々しく鳴り出づるを感ぜざるを得ないのである。

渓のことを書かうとして心を澄ませてをると、さま/″\の記憶がさま/″\の背景を負うて浮んで来る。福島駅を離れた汽車が岩代から羽前へ越えようとして大きな峠へかゝる。板谷峠と云つたかとおもふ。汽関車のうめきが次第に烈しくなつて、前部の車室と後部の車室との乗客が殆んど正面に向き合ふ位ゐ曲り曲つて汽車の進む頃、深く切れ込んだ峡間の底に、車窓の左手に、白々として一つの渓が流れて居るのをみる。汽車は既によほどの高処を走つて居るらしくその白い瀬は草木の茂つた山腹を越えて遥かに下に瞰下されるのである。私の其処を通つた時斜めに白い脚をひいて驟雨がその峡にかゝつてゐた。

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