TRENDIA CLASSIC

ダマスカスの賢者

鈴木三重吉

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むかし、ダマスカスといふ町に、イドリスといふなまけものがゐました。貧乏なくせに、はたらくことがきらひなのですからたまりません。或とき、もういよ/\食べるものもなくなり、売りはらふものと言つたつて、ぼろッきれ一つさへないはめになりました。おかみさんは、

「これではもう二人でかつゑて死ぬばかりです。後生だから、どうぞ今日からお金をもうけに出て下さい。」と、泣いてたのみました。

「お金をもうけるつて、一たい、どうすればいゝんだい。わしは、これまで商ばいをしたこともないし、てんであてがつかないよ。」と、イドリスは、生あくびをしながらかう言つて、長いあごひげをしごいてゐました。

「では、ためしに私のいふとほりをしてごらんなさい。たゞお墓場へ出かけて、おまゐりの人が来るたんびに、口の中でおいのりをしてゐればいゝのです。さうすれば、女の人なぞは、きつとお金をくれます。これならあんたにも出来るでせう。」と、おかみさんは言ひました。

イドリスはいちんち考へこんでゐましたが、あくる朝になると、しぶ/\お墓場へ出ていきました。

いつて、おかみさんが言つたとほりにして見ますと、なるほど、お墓まゐりに来た女の人たちが少しづゝお金をくれていきます。イドリスは、これなら、わしにはもつて来いの仕事だと、ほゝ笑んで、それからは、まいにち出て来ては、もぐ/\とお祈りを上げるまねをしてゐました。

人々は、イドリスの、あごをうづめた長いひげや、たえず一しんにいのつてゐるすがたを見て、これは、とても信仰ぶかい、えらい人にちがひないと話し合ひました。しまひには、うはさに尾ひれがついて、あの人は、どんなことでもしつてゐるえらい賢者で、人の秘密でもすぐに見ぬいて言ひあてる、とてもふしぎな人だと、じぶんがためされたやうに言ひふらすものさへ出て来ました。

或とき、イドリスは、いつものやうに墓場へ出かけるとちう、町の中をとぼ/\歩いてゐますと靴のそこへくぎが出つぱつて来たと見えて、足の先がいたくてたまらなくなりました。それで或金細工師の店のまへにたちどまつて、その片方の靴をぬいで、中をのぞいて見ました。

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