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TORENDIA

易と手相

本文約2,100字 ・ 読了時間 約5分

あらすじ(AIが作成しました)

著者自身の経験を軸に、易と手相への信憑性を考察する随筆。過去に占い師から受けた手相判断が十年後の自身の栄達や身上に悉く的中した驚きを綴り、人間の運命が掌中の紋様に現れるという手相の不思議さに惹かれる心情を吐露する。また、紛失した通帳を巡る易との逸話を通じ、易と手相の信頼性を比較検討しながら、自身の人生観や偶然性への思索を深めていく。運命を知ることへの渇望と、それに向き合う人間の姿を描き出す。

菊池寛

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🎧 易と手相 / 朗読音声: VOICEVOX:波音リツ

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自分が、易や手相のことを書くと笑う人がいるかも知れないが、自分が一生に一度見て貰った手相は、実によく適中した。

それは、時事新報社の記者をしている頃だった、久米が二十七歳前のことだから、十年近い昔である。久米と芥川と僕とで、晩食を共にした後でもあったろうか、湯島天神の境内を通るとき、彼処に出ている一人の易者に冗談半分に見て貰ったのである。むろん諸君も想像する通り、芥川だけは見て貰わなかった。私の手相の判断は、実によかった。私が三十を越してから、栄達し、一群の人の上に立つことを云い、金銭に不自由しないことを云い、その他身上に起る二三の事実を指摘した。当時貧乏でまだ文壇に出ることなどは、夢にも思っていなかった私は、悪いよりも良い判断を欣んだが、私が栄達するとか、金に不自由しなくなるなどとは、夢にも思っていなかった。それが、十年後の今日に、此の手相見の言葉が悉く適中したと云ってもいゝだろう。身上に起った事変なども、手相見の云う通りであった。

久米に対する判断も、性格技能を語る点では実によく適中した。たゞそのときは、二十七歳前の久米を、三十七歳前だと、見誤ったためすっかり我々の信用を害い、我々はその他の判断まで、馬鹿にしてしまったが、私に対する判断は実に悉く適中した。つい先頃も、久米に逢ったとき彼は『あのとき君の手相はよく当った』と、三嘆したほどである。

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