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TORENDIA

小説家たらんとする青年に与う

本文約2,500字 ・ 読了時間 約6分

あらすじ(AIが作成しました)

二十五歳未満の青年が小説を書くことの無意味さを説き、真の小説家を目指すための修業論を論じる。文章や技巧の習得よりも、実生活を通して人生の苦労を経験し、自分自身の揺るぎない人生観や哲学を築き上げることが最優先であると主張する。文学の才のみに頼るのではなく、豊かな生活経験を積み重ねることで初めて、価値ある表現が自然と立ち現れるという作家としての心構えと準備のあり方を説く。

菊池寛

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🎧 小説家たらんとする青年に与う / 朗読音声: VOICEVOX:春日部つむぎ

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僕は先ず、「二十五歳未満の者、小説を書くべからず」という規則を拵えたい。全く、十七、十八乃至二十歳で、小説を書いたって、しようがないと思う。

とにかく、小説を書くには、文章だとか、技巧だとか、そんなものよりも、ある程度に、生活を知るということと、ある程度に、人生に対する考え、いわゆる人生観というべきものを、きちんと持つということが必要である。

とにかく、どんなものでも、自分自身、独特の哲学といったものを持つことが必要だと思う。それが出来るまでは、小説を書いたって、ただの遊戯に過ぎないと思う。だから、二十歳前後の青年が、小説を持って来て、「見てくれ」というものがあっても、実際、挨拶のしようがないのだ。で、とにかく、人生というものに対しての自分自身の考えを持つようになれば、それが小説を書く準備としては第一であって、それより以上、注意することはない。小説を実際に書くなどということは、ずっと末の末だと思う。

実際、小説を書く練習ということには、人生というものに対して、これをどんな風に見るかということ、――つまり、人生を見る眼を、段々はっきりさせてゆく、それが一番大切なのである。

吾々が小説を書くにしても、頭の中で、材料を考えているのに三四ヵ月もかかり、いざ書くとなると二日三日で出来上ってしまうが、それと同じく、小説を書く修業も、色々なことを考えたり、或は世の中を見たりすることに七八年もかかって、いざ紙に向って書くのは、一番最後の半年か一年でいいと思う。

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