水の東京
本文約13,300字 ・ 読了時間 約27分
あらすじ(AIが作成しました)
上野や王子など陸の東京の賑わいは既に広く知られるところだが、本書は潮の干満や船の往来が行き交う水の都としての東京を考察する。荒川から隅田川へ、さらにその他の諸流を経て海に至るまでの水上交通や風情を詳述し、隅田川を中心とした網の目の如き水路の重要性を解説する。さらに、遠浅の海に広がる砂洲での潮干狩りや漁の様子など、大都市東京を潤す水辺の風景や実利を綴り、古今の情趣を織り交ぜながら水の都の姿を描き出している。
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上野の春の花の賑ひ、王子の秋の紅葉の盛り、陸の東京のおもしろさは説く人多き習ひなれば、今さらおのれは言はでもあらなん。たゞ水の東京に至つては、知るもの言はず、言ふもの知らず、江戸の往時より近き頃まで何人もこれを説かぬに似たれば、いで我試みにこれを語らん。さはいへ東京はその地勢河を帯にして海を枕せる都なれば、潮のさしひきするところ、船の上り下りするところ、一ト条二タ条のことならずして極めて広大繁多なれば、詳しく記し尽さんことは一人の力一枝の筆もて一朝一夕に能くしがたし。草より出でゝ草に入るとは武蔵野の往時の月をいひけん、今は八百八町に家立ちつゞきて四里四方に門相望めば、東京の月は真に家の棟より出でゝ家の棟に入るともいふべけれど、また水の東京のいと大なるを思へば、水より出でゝ水に入るともいひつべし。東は三枚洲の澪標遥に霞むかたより、満潮の潮に乗りてさし上る月の、西は芝高輪白金の森影淡きあたりに落つるを見ては、誰かは大なるかな水の東京やと叫び呼ばざらん。されば今我が草卒に筆を執つて、斯の如く大なる水の東京の、上は荒川より下は海に至るまでを記し尽さんとするに当りては、如何で脱漏錯誤のなきを必するを得ん。たゞ大南風に渡船のぐらつくをも怖るゝ如き船嫌ひの人の、更に水の東京の景色も風情も実利も知らで過ごせるものに、聊かこの大都の水上の一般を示さんとするに過ぎねば、もとより水上に詳しき人のためにするにはあらず。看るものいたづらにその備はらざるを責むるなかれ。