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TORENDIA

鵞鳥

本文約11,200字 ・ 読了時間 約23分

あらすじ(AIが作成しました)

彫刻家の若崎は、自身の作品に対する不調と失敗への予感から、深刻な不安と不機嫌を抱えていた。妻の問いかけにも応じず心を閉ざしていた若崎に対し、知人の中村は、かつての職人たちが御前製作で失敗を回避してきた巧妙な準備とすり替えの秘訣を説く。中村の助言により若崎は恐怖を克服し、天皇の臨幸を迎える。当日、若崎の作品である鵞鳥の頸は欠けていたが、その正直な姿勢は深い理解を得て、以後の名誉へとつながっていく。

幸田露伴

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ガラーリ

格子の開く音がした。茶の間に居た細君は、誰かしらんと思ったらしく、つと立上って物の隙からちょっと窺ったが、それがいつも今頃帰るはずの夫だったと解ると、すぐとそのままに出て、

「お帰りなさいまし。」

と、ぞんざいに挨拶して迎えた。ぞんざいというと非難するように聞えるが、そうではない、シネクネと身体にシナを付けて、語音に礼儀の潤いを持たせて、奥様らしく気取って挨拶するようなことはこの細君の大の不得手で、褒めて云えば真率なのである。それもその道理で、夫は今でこそ若崎先生、とか何とか云われているものの、本は云わば職人で、その職人だった頃には一通りでは無い貧苦と戦ってきた幾年の間を浮世とやり合って、よく搦手を守りおおさせたいわゆるオカミサンであったのであるし、それに元来が古風実体な質で、身なり髪かたちも余り気にせぬので、まだそれほどの年では無いが、もはや中婆ァさんに見えかかっている位である。

「ア、帰ったよ。」

と夫が優しく答えたことなどは、いつの日にも無いことではあったが、それでも夫は神経が敏くて、受けこたえにまめで、誰に対っても自然と愛想好く、日々家へ帰って来る時立迎えると、こちらでもあちらを見る、あちらでもこちらを見る、イヤ、何も互にワザと見るというのでも無いが、自然と相見るその時に、夫の眼の中に和らかな心、「お前も平安、おれも平安、お互に仕合せだナア」と、それほど立入った細かい筋路がある訳では無いが、何となく和楽の満足を示すようなものが見える。その別に取立てて云うほどの何があるでも無い眼を見て、初めて夫がホントに帰って来たような気がし、そしてまた自分がこの人の家内であり、半身であると無意識的に感じると同時に、吾が身が夫の身のまわりに附いてまわって夫を扱い、衣類を着換えさせてやったり、坐を定めさせてやったり、何にかかにか自分の心を夫に添わせて働くようになる。それがこの数年の定跡であった。

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