パウロの混乱
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あらすじ(AIが作成しました)
パウロの四大基本書簡、特にコリント後書におけるパウロの思想と人間像について論じる。著者である太宰治が、知人の作家である今官一の聖書研究に触発され、自身の聖書を読み直した体験を綴る。本書簡が示す、神の恩恵を説きながらも人間味あふれる弱さや情熱的な混乱を考察し、当時キリスト党から厳しい個人攻撃を受けていたパウロの姿を通して、研究に励む今への共感と声援を記す。
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先日、竹村書房は、今官一君の第一創作集「海鴎の章」を出版した。装幀瀟洒な美本である。今君は、私と同様に、津軽の産である。二人逢うと、葛西善蔵氏の碑を、郷里に建てる事に就いて、内談する。もう十年経って、お互い善蔵氏の半分も偉くなった時に建てようという内談なのだから、気の永い計画である。今君も、これまでずいぶん苦しい生活をして来たようである。この「海鴎の章」に依って報いられるものがあるように祈っている。
今君は、此の雑誌(現代文学)に、パウロの事を書いていたようであるが、今君の聖書に就いての知識は、ほんものである。四福音書に就いては、不勉強な私でも、いくらかは知っているような気がしているのだけれども、ロマ書、コリント前・後書、ガラテヤ書など所謂パウロの四大基本書簡の研究までは、なかなか手がとどかないのである。甚だ、いい加減に読んでいる。こんど、今君の勉強に刺戟されて、一夜、清窓浄机を装って、勉強いたした。
「義人は信仰によりて生くべし。」パウロは、この一言にすがって生きていたように思う。パウロは、神の子ではない。天才でもなければ、賢者でもない。肉体まずしく、訥弁である。失礼ながら、今官一君の姿を、ところどころに於いて思い浮べた。四書簡の中で、コリント後書が最も情熱的である。謂わば、ろれつが廻らない程に熱狂的である。しどろもどろである。訳文の古拙なせいばかりでも無いと思う。