ウォーソン夫人は頭脳もよく、相当に教育もある婦人であった。それで博士の良人が死んで以来、或る学術研究会の調査部に入り、図書の整理係として働らいていた。彼女は毎朝九時に出勤し、午後の四時に帰宅していた。多くの知識婦人に見る範疇として、彼女の容姿は瘠形で背が高く、少し黄色味のある皮膚をもった神経質の女であった。しかし別に健康には異状がなく、いつも明徹した理性で事務を整理し、晴れやかの精神でてきぱきと働らいていた。要するに彼女は、こうした職業における典型的の婦人であった。
或る朝彼女は、いつも通りの時間に出勤して、いつも通りの事務を取っていた。一通り仕事がすんだ後で、彼女はすっかり疲労を感じていた。事務室の時計を見ると、丁度四時五分を指しているので、彼女は卓上の書類を片づけ、そろそろ帰宅する準備を始めた。彼女は独身になってから、或る裏町の寂しい通りで、一間しかない部屋を借りていたので、余裕もなく装飾もない、ほんとに味気ない生活だった。いつでも彼女は、午後の帰宅の時間になると、その空漠とした部屋を考え、毎日毎日同じ位地に、変化もなく彼女の帰りを待ってる寝台や、窓の側に極りきってる古い書卓や、その上に載ってる退屈なインキ壺などを考え、言いようもなく味気なくなり、人生を憂鬱なものに感ずるのだった。
この日もまた、そのいつも通りの帰宅の時間に、いつも通りの空虚な感情が襲って来た。だがそうした気分の底に、どこか或る一つの点で、いつもとちがった不思議の予感が、悪寒のようにぞくぞくと感じられた。彼女の心に浮んだものは、いつものような退屈な部屋ではなく、それよりももっと悪い、厭やな陰鬱なものが隠れている、不快な気味のわるい部屋であった。その圧迫する厭やな気分は、どんなにしても自分の家に、彼女を帰らせまいとするほどだった。けれども結局、彼女は重たい外套を着て、いつも通りの家路をたどって行った。