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北原白秋氏に捧ぐ
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珍らしいものをかくしてゐる人への序文
萩原の今ゐる二階家から本郷動坂あたりの町家の屋根が見え、木立を透いて赤い色の三角形の支那風な旗が、いつも行くごとに閃めいて見えた。このごろ木立の若葉が茂り合つたので風でも吹いて樹や莖が動かないとその赤色の旗が見られなかつた。
「惜しいことをしたね。」
しかし萩原はわたしのこの言葉にも例によつて無關心な顏貌をした。
或る朝、萩原は一帖の原稿紙をわたしに見せてくれた。いまから十三四年前に始めてわたしが萩原の詩をよんだときの、その原稿の綴りであつた。わたしは讀み終へてから何か言はうとしたが、それよりもわたしが受けた感銘はかなりに纖く鋭どかつたので、もう一度默つて原稿を繰りかへして讀んで見た。そしてやはり頭につうんと來る感銘が深かつた。いいフイルムを見たときにつうんとくる涙つぽい種類の快よさであつた。わたしはすぐ自分のむかしの詩を思ひ返して、萩原もいい詩をかいて永い間世に出さなかつたものだと、無關心で、無頓着げなかれの性分の中に或る奧床しさをかんじた。かれは何か絶えずもの珍らしいものを祕かにしまつてゐるやうな人がらである。
五月二十一日朝犀星生 [#改ページ]
自序
やさしい純情にみちた過去の日を記念するために、このうすい葉つぱのやうな詩集を出すことにした。「愛憐詩篇」の中の詩は、すべて私の少年時代の作であつて、始めて詩といふものをかいたころのなつかしい思ひ出である。この頃の詩風はふしぎに典雅であつて、何となくあやめ香水の匂ひがする。いまの詩壇からみればよほど古風のものであらうが、その頃としては相當に珍らしいすたいるでもあつた。
ともあれこの詩集を世に出すのは、改めてその鑑賞的評價を問ふためではなく、まつたく私自身への過去を追憶したいためである。あるひとの來歴に對するのすたるぢやとも言へるだらう。