朝の風
本文約15,500字 ・ 読了時間 約31分
あらすじ(AIが作成しました)
赤煉瓦の塀が取り払われ、春光に包まれる広大な原っぱが姿を現した町で、夫との生活を夢見るサヨは、新設されたアパートの公開に心躍らせる。やがて訪れる現実の孤独や冬の夜の爆発という不安な出来事を経て、ついに迎えた出産の朝、サヨは産室の外でかつての二人の記憶を呼び起こすメロディを耳にする。妻として母として生きる中で、過去の思い出と現在の喜びが交錯し、サヨが静かな感銘の中に安らぎを見出すまでを描く。
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そのあたりには、明治時代から赤煉瓦の高塀がとりまわされていて、独特な東京の町の一隅の空気をかたちづくっていた。
本郷というと、お七が火をつけた寺などもあるのだが全体の感じは明るい。それが巣鴨となると、つい隣りだのに、からりとした感じは何となく町に薄暗い隈の澱んだところのある気分にかわって、実際家並の灯かげも一層地べたに近いものとなった。兵営ともちがう赤煉瓦のそんな高塀は、折々見かける柿色木綿の筒袖股引の男たちの地下足袋と一緒に、ごたごたした縞や模様ものを着て暮している老若男女の生活に、一種の感じのある存在で、馴れながら馴れきれないその間の空気が、独特の雰囲気を醸してその町すじに漂っていた。
大震災の後は市中の様子が大分変った。この町のあたりも、新市内に編入されると同時に市区改正がはじまって、池袋から飛鳥山をめぐって日暮里の方へ開通するアスファルト道路やそれと交叉して大塚と板橋間を縦断する十二間道路がついたりして、面目が一新した。
数日前まではそっちの片側がごったかえされて通行止だったのが、きょうはここが通れなくなっているという塩梅の十幾月かがつづいて、ある年の春の日ざしが、やっと通行のきくようになった真新しいコンクリの歩道を一筋白く光らせた時、人々は胸の奥から息をつくようなおどろきの眼でその歩道から目前にぱーっとうちひらいた広い大きい原っぱを眺めた。昔からあった赤煉瓦の高塀は、跡かたもなくなっていた。トゲのついたざっとした針金の垣根で歩道との間を仕切られて、その垣根から歩道へ雑草の葉っぱを町はずれの景色らしくはみ出させながら、草原は広々と遠くまでひろがっている。いくらかむこう下りの地勢で、遠くの草の間に茶畑のあとらしいものが見えた。ちょいとした畑のようなものも見える。附近の子供らはその空地をすてておく筈がなく、遊ぶ声々はきこえているが姿はよく見えない。原っぱはそんなに広闊である。さえぎるものなく青空も春光を湛えてその上に輝いている。