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TORENDIA

支那人の妥協性と猜疑心

本文約9,500字 ・ 読了時間 約20分

あらすじ(AIが作成しました)

日本と支那の親善を図るため、著者が支那人の国民性である妥協性と猜疑心を歴史的見地から論じる。妥協は争いを避けて打算的に利を得るための手段として官民問わず広く行われ、時には対立する勢力同士が一時しのぎに和解する原因となる。また、他者を根底から疑う猜疑心は人間関係や社会生活の至る所に影を落とす。これら二つの痼疾こそが支那の積弱を招いており、真の改造には自己反省による内的な徳性の変革が不可欠であると説く。

桑原隲蔵

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緒言

日本と支那とは、いはゆる唇齒輔車相倚るべき國で、勿論親善の間柄でなければならぬ。兩國の親善を圖る爲には、兩國人が互にその相手の氣質を理會して置く事が、一番必要と思ふ。吾が輩はかかる見地から、歴史的に支那人の氣質を多少研究しかけて居る。茲に掲ぐる支那人の妥協性と猜忌心に關する論文も、實はその研究の一端である。既に六十年以前に、ロンドンタイムスの支那通信員クックが切言した如く、種々の原因があつて、支那人の氣質を正しく理會することは、容易の業でない。從つて吾が輩の支那人氣質に對する見解も亦、或は正鵠を失した所あるかも知れぬ。この點は豫め讀者諸君の承知を得置きたい。

一 支那人の妥協性(一)

支那人は尤も妥協性に富んで居る。妥協は確に支那人の一つの國民性と申して差支へない。個人としても國家としても、支那人はよく妥協を行ふ。元來が文弱で、殊に打算に長ずる支那人は、小にしては爭鬪、大にしては戰爭、何れも危險の割合に、利益が伴はぬ事を夙に承知し、成るべく之を避けて妥協を好む譯である。兔に角支那人は大抵の場合よく妥協を行ひ、寧ろ極端まで妥協を濫用する傾向をもつて居ると思ふ。

北支那に標(とも書く)局と稱して、旅行者の安全を保障する營業者がある。標とはもと擲槍の如き一種の武器の名で、この武器を携帶せる標師を派出して、依頼を受けた旅行者を護衞するから、標局といふ名稱が出來たと云ふ。北支那一帶、殊に山東地方の古への梁山泊の所在地に當る方面には、なかなか追剥が多い。一家を擧げて、甚だしきは一村一郷を擧げて、行旅を剽掠することを生業とする者が尠くない。かかる物騷な地方を通行する旅客は、標局に就いて一定の保險料を納めると、標局から標車といふ一種の保險馬車を出して旅客を護送する。この標車には幟標が建ててあつて、之には例の追剥も手出をせぬ。これは標師を憚るよりも、標局から豫め追剥一同に對して附屆を行ひ、雙方の間に妥協默契が成立して居る故である。

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