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TORENDIA

若い娘の倫理

本文約9,100字 ・ 読了時間 約19分

あらすじ(AIが作成しました)

歴史の転換期にある日本の若い女性たちが抱える複雑な心理と生活を論じる。職業を持つようになっても家や社会の旧来の因習に縛られ、自立への希望と現実の限界との間で葛藤する彼女たちの姿を描く。著者は、現状への不満や安住できない心持ちを抱えつつも、目先の利口さで逃避するのではなく、現実を深く理解し、生涯を貫く知力と人間らしい情感を育むことで、自身の生活と歴史的成長の主体として生きる姿勢を求めている。

宮本百合子

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このごろの若い娘さんたちはどんな心持で、何を求めて暮しているだろう。そう自分の心にきいてみると、この答えはなかなか簡単なようで簡単でない。この頃の娘さんたちというひっくるめての表現は、いきなり極めて動的な感じでうって来て、娘さんたち自身にしろ内と外とから二六時ちゅう動いていて、しかもそこに何かの帰趨を見出して行こうとしている自分たちの心持、生きかたを、手際よくまとめて答えることは相当むずかしいのではなかろうか。今の娘たちの青春は、青春時代そのものが一つところに立ちどまっていられない愉しく苦しいものであるという以外に、歴史の大きい転換の時期の影響が様々な方角から射して来ていて、彼女たちの気持を複雑にしている。これは今日世界のあらゆる国々の娘たちが遭遇しているめぐり合わせであると思う。そして、そういう複雑な歴史的な時代の影響というようなものも、特に若い娘さんたちにとっては感性的な生活の気分として感じられ、その中に生きられているのが強い特徴である。

日本の今日の娘の生活という見出しで、たとえばルポルタージュ写真を撮るとなれば、これも手の込んだ仕事になるだろう。あるひと月をきめて、その月に現れる婦人雑誌の口絵写真を眺め合わせただけでも、ひとくにち娘さんと云われる年ごろの若い女性の現実が、どんなに多種多様になって来ているか。一方の端と他の端とではその日その日が何とも云えない大きいちがいをもって殆ど別天地のような姿を見せている。一つの雑誌の写真には、美しい流行の服装をした令嬢が一匹数百円よりもっとしそうな堂々たる犬を左右において、広やかな庭前で写真にとられている。

他の雑誌では、機械工として働いている若い娘さんたちの姿、男がわりに田の植付けをしている娘さんたちの姿がうつし出されていて、両極端の現実に生きている娘さんたちは、互に心の底で何てちがう生活だろうと感じながら、しかし格別責任もない消費的なような目でそれぞれの生活を眺めあっているのだと思う。

それでいながら、やっぱり何か求めて生きているということでは共通で、時代の色もそこに濃くあつめられているのである。

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