本文へ移動
TORENDIA

肉親

本文約1,400字 ・ 読了時間 約3分

あらすじ(AIが作成しました)

ソ同盟からの引揚促進運動を反ソ的な世論工作に利用する権力の欺瞞を論じる。生活苦にあえぐ家族の心理が、政治的な意図に基づき人情の悪用へと誘導される構造を指摘する。帰還者が集団行動をとる中で肉親により引き戻される場面を、かつての封建体制下における弾圧の構図と重ね合わせる。国家権力が個人の絆を断ち切り、監視と抑圧を強いる現状に対し、生活の現実に基づいた新しい道徳と個人の自由の重要性を主張する。

宮本百合子

速度
🎧 肉親 / 朗読音声: VOICEVOX:青山龍星

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 2

ソ同盟に対する引揚促進運動は、さきごろ、はっきりした反ソ運動の一つのかたちとして悪用されていた。内地の暮しがくるしくて家族の生活のたちゆかないのは、ソ同盟から帰ってこない一人の人が、家族のなかにあるのが主な理由ではない。吉田政府のバッサリ方針で、これだけいちどきに失業者がでれば、たとえソ連から一家へ五人の引揚げ者があったところで、生活の安定は約束されない。苦しい生活のあえぎから、せめてあれがいたらと思う親の心、あのひとさえいて働いてくれたら、と切実に思う妻たちの心を、国内の生活の確保を求める方向からそらして、涙まじりにかきくどく封建のしぐさに誘いこんで、人情を反ソ的な気分に利用したやりかたは露骨だった。

政府がそこをめざした論より証拠は、こんどの帰還者を迎える準備として『国のあゆみ』『民主主義』を数万部増刷したということは発表したが、どこの誰も、ただのひとことも、引揚者の就職は保証されているとは云わなかった。肉親の顔がみられるうれしさにとりまぎれてそのうれしさをやがて苦痛にかえる失業生活について引揚者の家族は深刻な経験にさらされようとしている。

七月三日の各新聞には、集団的な行動になれて帰ったものたちが、自分たちの立てて来たプログラムにしたがって党本部へ行動したり、民主主義擁護同盟の大会に出席したりするなかから肉親の甥一人を仲間はずれにして列の中からひっぱりだしている女二人の写真が大きくのった。

舞鶴から東京へ入った引揚第一列車には六百四十一名、遺骨二柱と新聞は報じている。六百あまりの人は、それぞれ集団として自主的に行動したのに、たった一人不仕合わせな青年が姉と叔母とにつかまえられて列車にひきずりこまれる悲しい姿を反民主運動の宣伝ポスターのように、全国の新聞にさらされたのはなぜだろう。

あの写真はわたしたちにいろいろ深く考えさせた。わたしは自分の母の気持や私に対してしたことを思い出さずにいられなかった。

実の母に警察と手配をうちあわされて検挙された友達や、おばさんに密告されてつかまり、ひどい拷問にあった友達を思いだした。

宮本百合子の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本