和解
本文約12,800字 ・ 読了時間 約26分
あらすじ(AIが作成しました)
晩年の芸術家である「私」は、住まいを追われ困窮する知人のT―を自身のアパートに受け入れる。T―は若い恋人と同棲しつつも、生活は不安定で病気がちであった。ある日T―が急病に倒れ、周囲が看病や医師の対応に追われる中、物語はかつての仲間たちの思い出や、死者との対話、そして過ぎ去った日々の記憶を辿っていく。晩年を迎えた芸術家たちの孤独や、互いの関係性、そして死生観を静かに描く作品。
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一
奥の六畳に、私はM―子と火鉢の間に対坐してゐた。晩飯には少し間があるが、晩飯を済したのでは、夜の部の映画を見るのに時間が遅すぎる――ちやうどさう云つた時刻であつた。陽気が春めいて来てから、私は何となく出癖がついてゐた。日に一度くらゐ洋服を著て靴をはいて街へ出てみないと、何か憂鬱であつた。街へ出て見ても別に変つたことはなかつた。どこの町も人と円タクとネオンサインと、それから食糧品、雑貨、出版物、低俗な音楽の氾濫であつた。その日も私は為たい仕事が目の前に山ほど積つてゐるやうで、その癖何一つ為ることがないやうな気がしてゐた。その時T―が、いつもの、私を信じ切つてゐるやうな少し羞かしいやうな様子をして部屋の入口に現はれた。そしてつかつかと傍へ寄つて来た。
「済みませんけれど、一時お宅のアパアトにおいて戴きたいんですが……。家が見つかるまで。――家を釘づけにされちやつたんで。」彼はさういつて笑つてゐた。
「何うして?」
「それが実に乱暴なんです。壮士が十人も押掛けて来て、お巡りさんまで加勢して、否応なしに……。」
私も笑つてるより外なかつたが、困惑した。
「アパアトは一杯だぜ。三階の隅に六畳ばかり畳敷のところはあるけれど、あすこに住ふのは違法なんだから。」
「そこで結構です。小島弁護士も、後で行つて話すから、差当り先生のアパアトへ行くより外ないといふんです。」
「小島君が何うかしてくれさうなもんだね。」
「かうなつては手遅れだといふんです。防禦策は講じてあつたんだけれど、先方の遣口が実に非道いんです。」
「ぢや、まあ……為方がないね。」