籠の小鳥
本文約9,300字 ・ 読了時間 約19分
あらすじ(AIが作成しました)
母の法事を終えた羊三は、鉱山を管理する兄の淳二を訪ね、山あいの静かな環境で執筆活動に従事する。鳥の飼育を道楽とする兄の生活や、賃金値上げをめぐり労働者との対立を抱える鉱山の厳しい経営状況を目の当たりにする。やがて仕事に区切りがついた羊三は、長年山に縛られ働く兄の姿を深く思索しながら、町へ帰る準備を始める。本作は、鉱山という特殊な社会を背景に、兄弟の静かな交流と周囲の情勢を描く。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
💰 この本を応援する(投げ銭)
一 羊三は山を見るのが目的で、その山全体を預かつてゐる兄の淳二と一緒にこゝへ来たのだつたけれど、毎日の日課があつたり何かして、つひ鼻の先きの山の蔭から濛々と立昇つてゐる煙を日毎に見てゐながら、つい其の傍まで行つて見るのが臆劫であつた。
「山にはこちらから料理人が行つてをりますから、宅よりも御馳走がございますよ。」
嫂は家を出るとき、そんな事を言つてゐたが、その朝今は故人になつた土地の画家のかいた「雨の牡丹」の軸をくれたりした。東京の二流どころの画家のものと二つ展げて、羊三の択ぶに委せたのであつたが、その画の気品には格段の相異があつた。
「牡丹を頂きます。[#「頂きます。」は底本では「頂きます、」]」羊三は一目見ると直ぐ答へた。
「これは立派なものです。」
「さうだ。その男のものは宮内省へも納まつてゐる。」淳二は笑ひながら言つた。
羊三は母の法事をすませてからも、四五日兄の厄介になつてゐた。男三人のうち長兄が昨年亡くなつてから、二人の気持が何となく以前より融け合つて来た。
「私は実子も何にもないから、明日死んだつてかまはんが、君は長生きしてくれなくちや困る。」
さう言ふ気持はあつても、口へ出して愛想を言つたことのない淳二も、そんな事を言ふやうになつた。その軸も羊三が近頃ぼろ家を自分のものにすることができたなどの悦びの積りだと思はれた。
淳二は停車場へ立つとき、煙草の好きな弟のために葉巻など用意して、自分で口を切つて火をつけてくれたりした。