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TORENDIA

質物

本文約7,600字 ・ 読了時間 約16分

あらすじ(AIが作成しました)

作家の捨三は、かつて自身の小説の題材集めや交流を通じて知り合った栄子の宿を訪ねる。栄子は過去の結婚生活の破綻や美術家との同栖の失敗を経て、苦しい生活を送りながらも自身の体験を作品へと書き綴っていた。捨三は彼女の境遇に同情しつつ、執筆の助力に対する謝礼を渡そうとするが、栄子は困惑しながらも受け取る。二人の交流を通じて、互いの過去と現在の生活、そして複雑な関係性が浮かび上がる。

徳田秋聲

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或る日捨三は或るところから届いた原稿料を懐ろにして、栄子の宿を訪問した。訪問といつても、彼に取つてはその宿の帳場の前を通つて行くことが、ちよつと極りのわるいことであつたゞけで、此の頃さう改まつた心持ではなくなつた。勿論最近まで、彼は栄子を訪問したことは、絶体になかつた。若し栄子を訪問するに適当な年輩であつたら、彼も或ひはこの三年間のあひだに、一度や二度くらゐは彼女を訪問したかもしれなかつた。しかし長いあひだ割合に頻繁に彼女の訪問を受けてゐる捨三が、その時々に奇しく変つて行く運命と共に、兎角揺られがちな彼女の弱い心から出る訴へを、可なり利己的な立場から、同情ある慰めの言葉で受けてゐたに過ぎなかつたくらゐなので、彼女を訪問しやうと思つたことは、嘗てなかつたと言つてもいゝのであつた。それは一つは捨三が妻に対して秘密をもてない性分であつたと同時に、少しでも他の女に心が動くやうに思はれるのが、迚も気恥かしいことでもあつたからであつた。それでも一度栄子の宿へ行く約束をしたことがあつた。それはその頃書いてゐた新聞の小説のヒロインが活動の女優であつたところから、女優生活の雰囲気を知る必要から、H――女優を訪問して話を聞かうと思つたのであつたが、最近その女優に栄子が逢つて来て家を知つてゐるので、一緒に行かうと言ふ約束をしたのであつた。

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