ある男の堕落
本文約13,500字 ・ 読了時間 約28分
あらすじ(AIが作成しました)
米騒動の時期に活動家たちの集会で出会った鍛冶屋の労働者Yは、当初その率直さと熱心な運動姿勢で同志たちに認められる。しかし、運動の進展とともにYは無遠慮で不自然な振る舞いを繰り返すようになり、仲間の好意につけ込む図々しさや狡猾さを露呈し始める。やがてYは運動から逸脱して金銭をめぐる不信を招き、同志との信頼関係を失い、自らの欺瞞で周囲を欺きながら堕落していく姿を筆者が綴る。
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一
私がYを初めて見たのは、たしか米騒動のあとでか、まだその騒ぎの済まないうちか、よくは覚えていませんが、なにしろその時分に仲間の家で開かれていた集会の席ででした。その時の印象は、ただ、何となく、今まで集まってきた人達の話しぶりとは一種の違った無遠慮さで、自分が見た騒動の話をしていましたのと、その立ち上がって帰る時に見た、お尻の処にダラリと不恰好にいかにも間のぬけたようにブラ下げた、田舎々々した白縮緬の兵児帯とが私の頭に残っていました。彼はまだその時までは、新宿辺で鍛冶屋の職人をしていたのです。
彼が、しげしげと私の家に来るようになったのは、私共が、田端で火事に焼け出されて、滝野川の高台の家に越してからでした。
それ程深い交渉がなく、そして彼が幾分か遠慮している間は、私もこの珍らしい、無学な、そしてそのわりにはなかなか物解りもよさそうな労働者を、興味深く眺めておりました。同志の間にも、彼の評判は非常によいのでした。が、やがて、彼がだんだんに無遠慮のハメをはずすようになってきた頃から、私は何となく、Yのすべての行為のどこかに、少しずつの誇張が伴い出してきたのを見のがすことができませんでした。
無遠慮は、むしろ私共が、私共の家に来る人々には望むのでしたが、Yの無遠慮には、何となく私の眉をひそめさす、いやな誇張がありました。
はじめのうち、私はYの行為に眉をひそめずにはいられない自分の心持ちを振り返って、「これは、私の方が無理なのだろうか」と思ってみました。けれども、私はどうしてもYの行為を心から許す気にはなれませんでした。
「Yの無遠慮もいいけれど、この頃のようだと本当に閉口しますわ。」
私はよくOに向ってこぼしました。
「どうして?」
「どうしてって、火鉢の中にペッペッと唾を吐いたり、ワザと泥足で縁側を歩いたり、そういう意固地な真似ばかりするんですもの。くだらないことだから気にしずにいようと思うのですけれど、あの人のやり方はどこか不自然な処があっていやですもの。無邪気でやるのなら、私そんなに気になりはしないと思いますわ。」